ヴィラン

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 わずかに光を取り込んだ薄いグレーの瞳が、真っ直ぐにこちらに向けられている。(かす)かに眉根を寄せたその表情は、救いでも求めているかのように見えた。  外の光が柔らかく届くだけの、少し(かげ)った室内。  少年のような無邪気さと、青年らしい色気を帯びた”彼”は、白いレースのカーテンが(なび)く窓枠に腰掛け、片膝(かたひざ)を立てている。  柔らかそうな髪。瞳の色を少し濃くしただけの、色素の薄いその毛先が頬に落ち、(ひざ)の上にのせた顔をより神秘的に魅せていた。  息を呑むほど、美しい。  住永(すみなが)こはるは、スマホの画面をうっとりと(なが)める。  表示されている写真には、右下にカタカナで”ライジュ”と、謎めいた文字がいつもの通り刻まれていた。  とある時期から、ネットに出回るようになった、”彼”の写真。こはるがよくアクセスするサイトにも唐突にアップロードされ、その存在を知ることとなった。  写真を見た者はみな、そのあまりの美しさに感嘆と称賛のコメントを(つぶや)く。  けれど、決して表立って”彼”の写真が拡散されることはなかった。静かな熱狂は、閉じたアンダーグラウンドの世界でひっそりと伝播(でんぱ)するだけで、外に持ち出そうとする者は誰もいない。  みんな、わかっていたからだ。  これは公にしていい類のものではないと。こはるもその事を理解している。だから、親にも友達にも共有せずに、自分だけで楽しんでいた。  見る者によっては”彼”のことを、天使のように純真な美しさと、またある者は悪魔のように背徳な美だと(たた)えた。  こはるは、後者だと思っている。写真を食い入るように見つめながら、ため息が出た。  写真の中の”彼”は、丈の長いローブを羽織っている。生地が透き通るほど薄い。その下には何も身につけておらず、華奢(きゃしゃ)な体がそのまま写しとられていた。  開かれた前が(さら)され、足の付け根に存在している細長い突起が、上に向かってしなやかに反っている。    純真な美しさなわけがない。そんなことをのたまう人間は、”彼”にそうであってほしいと願望を押し付けているだけだろう。    男性のその部分を見たのは”彼”の写真が初めてだったから、そのあまりにもセクシュアルな姿に初めはくらくらと目眩(めまい)を起こした。  ただこはるは、には興奮しない(たち)である。性的な刺激がほしいからではなく、美しいから(なが)めたいのだ。  周りはもちろん、そんな話を信じてはくれないだろうけれど。    毎朝起きるとこはるは、”彼”の写真をネットで画像検索し、日々新しく投稿される新作を探し出しては、ライブラリに保存していた。  ”彼”専用のフォルダの中には、すでに20枚を超える画像が溜まっている。  誰の写真なんだろう。  なぜこんな姿をネットにあげているのだろう。  新たに写真を見つけてくればくるほど、”彼”への興味は尽きなかった。  
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