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”彼”は、大胆すぎるほど全てを見せてくれる。
自身のものを狂おしげに握りしめる姿。瞳を潤ませながら自慰をして喘いでいる顔。後ろに自分で指を入れ、誘うようにこちらを見つめる瞳。淫らにベッドに横たわりながら、まるで事後のように白濁で汚れた肌。
誰が撮っているのだろう。
もしかしたらこのカメラマンは、彼”の恋人なのだろうか。女性に見せる顔には見えない。きっと相手は男性だろう。
想像すればするほど、”彼”に会いたい欲求は高まっていく。
いけない。少し長く浸りすぎた。そろそろ朝の支度をしなくてはいけないのに。
するとタイミングよく、部屋のドアがノックされた。
「こはる、起きてる?朝ごはんができたから、準備ができたら降りていらっしゃい」
「起きているわ、お母さま。すぐいくから下で待っていて」
ドア越しに柔らかな笑い声が漏れる。
「ふふ。夏休みだからって、お寝坊さんね。東京とちがって、こっちは涼しくて気持ちがいいわよ。せっかく避暑に来たんですもの。日が高くならないうちに外でも散歩していらっしゃいな」
そうね、と愛想良く返事をしたが、あまり気乗りしなかった。
階段を下っていく足音を聞きながら、こはるはワンピースに着替え、顔を洗って身だしなみを整えた。
散歩なんて面倒だけれど、母親の提案には応じなければいけない。反抗的だと思われないように。
本当の自分は全く愛想なんてよくない。誰よりも冷めていて酷薄だ。ありのままの自分を見せることが美徳だと言う人がいるけれど、自分は到底人に受け入れられる性格をしていない。
下に降りると、母親と兄が食卓についていた。
「こはる、おはよう」
歳の離れた兄が、目元を細めながらこちらを向いた。
「おはよう、お兄さま。もうこちらにいらっしゃったのね。お父さまと一緒に午後、仕事を終わらせて来るのだと思っていたわ」
「俺は、父さんと違って役員でもなんでもないからね。そんなに忙しくないんだよ」
苦笑しつつ、優しげな顔をさらに綻ばせる。
「ねえ旭、お寝坊のこはるに、森の中を案内してあげてよ。今朝散歩していたでしょう」
母親がこはるの食事を運びながら、ニコニコと笑顔で兄に話しかける。
「いいよ。こはるが食べ終わったら、外に歩きに出ようか」
「うれしいわ。でも大丈夫よ、お兄さま。ひとりでのんびり歩いてみるから。かすみお姉さまのお迎えに行かないといけないんでしょう?」
兄の婚約者のかすみは、朝一の新幹線で東京からこちらに向かってくる。兄は駅まで車を出すことになっていた。
「そう?この別荘地、最近売り払った人が多いみたいでね。歩いていても全然人に出くわさないから、ゆったりできると思うよ。リフレッシュしておいで」
上辺だけの笑顔を見せ、こはるは朝食を食べ終えた。人と話している時間は、自分を偽らないといけないのでいつも苦痛だ。
もう慣れたけれど、それでもあまり長く人といたくはない。くるりと背を向けると、こはるは歯を磨き、さっさと外に出て行った。
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