ヴィラン

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 その日の夜は、吐き気との戦いだった。  男は何がおもしろいのか、挿入されても(あえ)ぎ声すらあげられない俺を見下ろし、(のど)の奥で不気味に笑った。  どれほどの少年をこのような目に()わせてきたのだろう。驚くほど準備が手慣れていて、おかげで痛みを感じることもなかった。  こんな屈辱を受けているのに、まったく抵抗できないのはあのコーヒーのせいだろう。何を入れたのか知らないが、盛るならばいっそのこと、意識を奪うくらい入れてくれたらよかったのにと思った。  男は老人とは思えないほどに腰の動きが力強く、俺の内側を深くまで犯していった。何度も突かれながら、早くくたばれと必死に願った。  やがて男が達すると、体の奥に生ぬるいものがかかるのを感じて、さらに吐き気が強くなった。  歯を食いしばることもできない。ただ男が出し切るまでじっと待った。涙で湿(しめ)ったシーツが冷たかった。 「ふう。私だけ楽しんじゃったよ。君もほら、気持ちよくなろうね」  男は、縮こまった俺の前を握り、上下に動かしはじめた。 「ほらほら。我慢しないで。君の弟のことを考えてていいからさ」  男が耳元でささやく。嫌だと、思い出したくないと思えば思うほど、記憶が鮮明に浮かび上がる。あの天使のような顔が、快楽に溺れる姿が。  物理的な刺激とあいまって、俺の下半身は反応をしはじめた。男の笑い声が背後で聞こえる。  必死に別のことを考えようとしてもだめだった。  やがて俺は、男の手で射精させられた。悔しくて、苦しくて、その場で少し吐いた。掃除をしにきた使用人は俺の姿を見ても表情を崩さなかったから、きっと何度も見慣れている光景なのだろう。 「十回私に抱かれてくれたら、一回君を弟に会わせよう」  男は悪魔のような交換条件を持ち出した。薬の効き目が切れ、男を殴ろうと拳を振り上げた矢先のことだった。  抱かれなければ、二度と弟には会えない。  俺は拳をおさめ、その交換条件を受け入れた。 「君がいい子で助かるよ。もう薬は使わなくても大丈夫だね」  男はそう言って安心したように笑ったが、俺は正直、媚薬でもなんでもいいから使って欲しいと思っていた。正気でこいつを受け入れるなんておぞましいと思った。そっちの方が気が狂いそうだ。ならば、わけのわからなくなっているうちに全てを終えて欲しかった。  男は、俺を抱いたベッドで俺を抱きしめながら眠った。俺にも同じことを求め、仕方なく裸のまま男を抱きしめ返した。腹が立ちすぎて一睡もできなかった。  それでも、再び弟に会えるなら後悔はなかった。けれど、望まぬ相手に体を売るということが、どれほど心を(むしば)んでいくか、俺はまだわかっていなかった。
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