ヴィラン

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 結局俺は、男が死ぬ一年後まで、誰にも助けてもらうことはなかった。  男は表向きは病気で死んだことになっていたが、その実、俺の他に飼っていた男娼に、殺鼠剤(さっそざい)を盛られて殺されたらしい。  その男娼は屋敷の使用人をたぶらかし、仕事で使う薬をくすねてもらったのだそう。男娼はそのまま使用人を捨て、屋敷から逃げたと聞く。  自業自得だ、と思った。なんの感慨もわかない。  俺はこの一年、男の気に入るようにふるまってきたからか、親族とは別で特別に遺産を渡すよう遺言が残されていた。そして今、俺の手にはこの忌々しい屋敷と、少なくない財産が入ってきた。  男の妻や子供たちは、この遺言のせいでヒステリックに暴れたらしい。自分たちの他に愛人を囲っていることを知らなかったのか、揉めに揉め、この屋敷まで乗り込んできたこともあった。  生きる希望なんてなかった俺は、有り余る金なんてどうでもよかったが。  日々をぼうっと過ごしていたある日、使用人が去ってひとりぼっちになったこの屋敷に、先生とライジュがたずねてきた。  ライジュはわんわん泣いていて、俺がかわいそうだと心を痛めていた。その姿に、とうに失くしていたと思った温かい感情が、じんわりとにじんで俺を少し潤した。  その(かたわ)らでは先生が、はじめは同情するような顔をしていたものの、俺が相続した屋敷を見るとはしゃいだ声をあげ、お前は運がいいとはやしたてた。  最後まであの男の正体を知らず、先生は無邪気に人格者などと褒め称えていた。 「潤沢(じゅんたく)なお金も手に入れて、そんな美しい顔も親から授かって。あんたはほんと、勝ち組だよ」  何度も繰り返される外面への賞賛。極めつけに先生はなんと、俺たちの親を探し出すとまで言い出した。 「それだけはやめて」 「なんでよ?探してあげようよ。あんたたちみたいな美しい子らを、親が進んで捨てるわけないんだから。きっと事情があったんだ。今ならあんたにはお金もあるし、親孝行だってできるでしょう」  先生はまるで、最高のアイデアだとでも言うかのように目を輝かせた。意味のわからない言葉の羅列に、俺はただ混乱するばかりだった。  ・・・事情?親孝行?  なぜ何もしてくれなかった奴らに孝行しなきゃいけないんだ。勝手に美化するなよ。俺はこの一年、地獄を味わってきた。そうして手に入れたものの一部を、親に渡せという。  心の奥底からどす黒い憎しみが湧いてきた。それは、何も知らない無神経な先生、何もしてくれなかったくせに俺たちを産んだというだけで賞賛されている親に向けられた。  この世にはいないあの男への、行き場を無くした深い恨みも、まとめて全部、濁流(だくりゅう)となって俺の正常な思考を吹き飛ばす。  勝ち組だとかいったけれど、俺は全然幸せじゃない。お前たちのせいで俺がどれほど(ゆが)んで育ったのか、思いもよらないのだろう。  ・・・どうしたら、思い知らせてやれるのだろう。言葉だけではきっと、信じてはもらえない  俺がずっと不幸だったこと。ずっと死にたいと思ってきたこと。どんなに苦しくてもライジュを残してはおけず、歯を食いしばって屈辱に耐えてきたこと。俺たちを捨てた親への恨み。こんな苦痛を味わわせるくらいならなぜ中絶してくれなかったのだと、何度も声を殺して泣いたこと。  その苦しみのすべてを、思い上がって独りよがりな善を押し付ける奴らに、わからせてやりたかった。    
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