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「撮影も、今日限りでやめよう」
「・・・でも、兄さん。復讐はどうするの」
ライジュの声は震えている。かつて、兄がはじめてライジュの写真を撮りたいともちかけてきた時のことを思い出した。
” ライジュ。俺についてきてくれる? ”
けれど、スオンはそっけない。
「あー・・・それは、もういいよ」
なんだそれ。なんだそれ。なんだそれ。
ライジュは拳を握りしめる。
「・・・兄さんがどうしてもって言うから協力したのに」
「振り回して悪いとは思ってるよ。でもお前、嫌じゃなかっただろ」
スオンは軽薄そうに笑った。その瞳は、ライジュを見ているようで見ていない。どこか上の空で、台本でも読みながら話しているみたいだと思った。
嫌なわけがない。兄に求められることなら何だってうれしいに決まってる。わかっているくせに。
「ああ。あと俺、しばらくはこの屋敷じゃなくて、別のところで寝泊まりするから」
ごめんな。
ライジュが問いただそうと口を開いた時、スオンはかぶせるように早口で謝った。
それは、何のごめん?
しばらくって、いつまで?
それまでどこにいるの?
もしかして他の誰かと過ごすの?
聞きたいことはとめどなく出てきた。でもいっこも聞けなかった。かわりにライジュは、
「兄さんだって、僕を撮るの嫌じゃなかったよね」
撮影の最中に感じていた視線。
ライジュはいつも、達する時に兄の名を呼ぶ。それは無意識で、スオンに何度もたしなめられたけれど、どうしても口をついて出てしまうのだ。
兄の名を呼ぶと体が熱くなって、心臓が苦しくなって、あっという間に果ててしまう。そんなライジュをファインダー越しに見据え、夢中でシャッターを切っては、時折顔を離して、直にライジュを見つめるのだ。
視線はしばしばライジュの体をなぞるように動いて、瞳の色が妖しく変わる。それは淡いグレーから濃いグレーへ。
その時のスオンは呼吸がいつもよりも荒くて、苦しげで、まるでライジュを睨みつけているみたいだった。
ふだんは穏やかに微笑む兄だから、その時だけ見せる表情が、ライジュをいつも興奮させる。
”頼むから、名前を呼ばないで”
熱のこもった目で、いつも苦しげに言うけれど、それはもっと呼んでと言われているようにしか聞こえない。
「僕に触れたいと思ってくれてたよね?ちがう?」
「はは、お前には俺がそう見えてたんだ」
トゲのあるセリフ。スオンの冷たい笑み。心臓がぐしゃっと握りつぶされたようで、ライジュはそれ以上なにも言えなくなってしまった。
「じゃあね」
スオンはそのまま部屋を出て行った。
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