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鏡の少年
「さあ、前へ」
宇宙船に乗せられ、王星マザーへ連れて来られたアレックと、その横に並ぶジェニクス少年は城門の前に立たされた。門が重い音を立て開くと、向こうから誰かが現れた。きっと偉い人だと思い、少年は深く被っていた麦わら帽子を脱ぎ頭を下げる。
「あっ」
声を上げたのは、その場にいた衛兵、そして門の向こうから現れた王子であった。その声に思わず顔を上げると、少年も「あっ」っと声を上げた。
王子も少年も髪が赤く、瞳も同じ緑だったからだ。年も近く、まさに鏡写しの双子。髪の長さが違うくらいで、真ん中分けの髪型もほぼ同じ。不思議な光景に皆目を丸くした。
「なんと、メイソン王子そっくりではないか」
「ほう。珍しいこともあるものだな。少年よ、名を名乗るのだ」
慌てて顔を再び下ろすと、少年は声を絞り出す。
「僕はジェニクス。ジェニクス・キャンティ」
「そうか、ジェニクス。顔を上げよ。衛兵達は警備へ戻るが良い」
「はっ」
赤髪のメイソン王子が手を挙げると、衛兵たちはその場を離れた。王子がアレックの元へ歩み寄る。
「ふむ、美しい白馬だ。……なるほど、君はアレックと言うのか。素敵じゃないか」
何故名前が分かったのだろう。動物の言葉が分かるなんて、母から教えてもらったお話の魔法のようだ。
「そう、魔法。私は魔法が使えるのだよ。お伽話だなんて言われるがね、魔法は銀河の向こう、地球から伝わる力なのさ」
なんと!銀河歴一八六八年になってもそんな力があるなんて!驚く一人と一頭に、王子は手招きをする。
「さあ、君たちにはやってもらいたいことがあるんだ。城へ案内しよう」
「お城ですって?そんな、僕は招かれるような客ではありませんよ。アレックと一緒に無事でタトゥーンへ帰れたら……」
そう言いかけて少年は気付いた。帰る家はもう無いのだと。タトゥーンを離れる際、家や小屋を兵士に荒らされていたことを思い出したのだ。
「タトゥーン?ふむ、その星に帰りたくなくなるような生活が待っているのだがな」
着いた先は、城の茂みの中。その中の美しい池の辺りであった。
「失礼ですが殿下、何故このような場所へ?」
「それは、服を脱いでも見られないところへ来たかったからだ。ささ、体を清めるが良い」
不思議な王子だ。殿下は自ら進んで服を脱ぎ、裸になった。仕方なく、ジェニクス少年も服を脱ぎ、アレックの背中に掛ける。
裸のメイソン王子を見れば見るほど、双子に見える。まるで水面に映る鏡の自分がそのまま現れたようだ。
「あの、殿下……」
「メイソンで良いぞ、ジェニクス。私たちは家族も同然だからな」
「では、メイソン様。一体何をお考えなのですか?」
「私は君になる。君は私になるんだ。何、簡単なことだ。嫌になるほど馳走を食べ、呆れるほど勉強をすれば良い」
(ご馳走と勉強だって?僕が欲しいものじゃないか!)
少年は瞳を輝かせる。しかし、アレックを見つめると、それでもタトゥーンに帰りたい気持ちが強くなる。
「メイソン様。お言葉ですが、僕は帰らねばなりません」
「一日だけだ。頼む。君にしか頼めないのだ」
王子が頭を下げる。ジェニクス少年は、王子に逆らうことは出来ないのだと悟った。
「では、一日だけ。アレックと一緒ならば、王子の代わりを務めましょう」
「ありがとう、ジェニクス。アレックは君といるべきだ。では、この服は借りていくからな」
メイソン王子は少年の服を手に取り、身につける。
「なんだ、この紐は?」
「ああ、それは襷ですよ。母がいつも付けていたんです。服の袖が降りないように縛るものなんです。結びますね」
襷を結ぶと、少年は王子の服を身につける。なんて柔らかいのだろう!ツルツルとした生地はアレックの毛並みのようだ。ジェニクス少年は王冠を被ろうとした。その時ふと気付く。
「殿下。僕の髪の毛、切った方が良いですよね?」
髪を束ねていた少年は、二段に刈り分けている王子の後ろ髪を見た。「ああ」と王子は一言応えると、少年の着ている王子の上着からナイフを取り出して髪の毛を切った。
池に映る二人は魂が入れ替わったかのようだ。
「そうだ、メイソン様。僕がこちらへ来る前に兵士から酷い目に遭ったんです。お気をつけて」
「大丈夫さ。私には魔法の力があるからな!」
そうして二人は、王子とひとりぼっちの貧しい少年という真逆の道を一日だけ歩むこととなったのだ。
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