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白馬と少年
銀河歴一八六八年夏。惑星タトゥーンの上空の暑い日差しとは反対に、麦わら帽子を被った少年の表情は暗かった。
少年の名はジェニクス。彼は軍手をつけた手で赤髪を後ろで束ねると、農具のフォークを握りしめ、小屋に向かった。
扉を開くと、少年の身長の三倍はある程の大きな白馬が現れた。毛艶は良く、絹のように柔らかく滑らかな体に少年が抱きつく。
「アレック。僕、君とお別れなんかしたくないよ」
白馬のアレックは、抱きつく少年の髪を優しく食むと、顔を上げさせた。顔と顔を寄せ、少年の瞳から溢れる涙を鼻先で拭う。
「ブルル」
アレックは「泣かないで」と言うように嘶いた。その言葉に、ジェニクス少年は頑張って応えようと涙を堪えた。しかし、涙は溢れ続ける。唯一の家族を王星マザーに納めるなんて、誰ができよう。その選択を迫られた九つになったばかりの少年の気持ちが誰に分かるだろうか。
そもそも、この惑星タトゥーンはとても小さな星で、地球の国の中の市、いや区と同じくらいの規模しかない。昔は多く移り住んでいた人間も、今や十世帯あるかどうかであった。
中でも麦畑の面積が広く、農場を営んでいたジェニクス少年の家は、家畜だけを王星マザーに奪われ、更に家族は流行病で倒れた。
五つでひとりぼっちになった少年の目の前に現れたのは、弱った白馬の子供。そう、アレックだったのだ。少年はアレックの親になろうと、守ってやろうと決めたのだ。
そして昨日、最後の家族アレックを納めろと王星マザーのタルタロス将軍から通達があった。少年は泣くしかない。
アレックを引き渡す時が刻一刻と近づいている。最後のブラッシングをしていると、アレックが暴れ始めた。
「どうどう、アレック。暴れたいのは僕だってば」
アレックは白い耳を小屋の扉へ向けている。ジェニクス少年は風が強く吹いた瞬間に扉を少しだけ開き、隙間から外を覗いた。マザーの兵士が四人もいる。
(おかしい。引き渡す予定は夕方のはずだ)
少年は不審に思い、扉の鍵を閉めた。すると、その音に気づいた兵士が扉を強く叩いたのだ。
「小僧!そこにいるのは分かっているぞ。早く白馬を引き渡せ!でないと、こうだぞ!」
言い放たれた瞬間、扉が大きな音と煙を撒き崩れた。電気銃だ。
「なんだ、チビちゃんじゃないか。大人しくこちらへ来るんだ」
少年は言われた通り、兵士の方へ歩み寄る。大人しく、そして一歩一歩に殺意を込めて。
ジェニクス少年の握り拳は先頭の太った兵士の鳩尾を捉え、殴り抜かれた。衝撃でその後ろの細い兵士も倒れる。駆けつけた二人の兵士の剣に挟まれた少年は臆さなかった。突撃してきた右の兵士をジャンプでかわし、左の兵士の肩に飛び乗る。左の兵士の首の後ろに蹴りを入れ、近づいた右の兵士と頭をぶつけさせると、少年は着地した。
四人ともロープで小屋の柱に縛ると、アレックの背に乗り駆け出した。
(どこか遠くへ逃げねば!)
「小僧。貴様は何処へも行けないぞ」
男の低い声が響いた。その時、縄のようなもので少年の首が絞められる。締め付けられる苦しみでアレックのたてがみを離した。落馬したジェニクス少年は頭を強く打ち、意識が遠くのを感じていた。
気がついた頃には、既に遅かった。暴れるアレックを先程の四人の兵士が抑えつけようとしている。
「なんだこの馬!言うこと一つ聞けやしねぇ」
アレックに乱暴する兵士を見ていた少年は、覚悟を決めた。よろよろと立ち上がり、帽子を深く被る。
「それなら、僕も一緒に連れて行け。彼を宥められるのは僕しかいない」
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