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目が覚めると異世界だったとか、生まれ変わったら異世界だったとか、そんな細かい事はどうでもよい。こういう時は空を見るのだ。
鳥よりも大きい物が飛んでいる気がする。
竜だったら確実なのだが実物を見たことがないので自信がない。
とりあえず電車や車、電動の物はなさそうだ。なんとなく全体的な生活音が違う。
そんな事より、窓らしき物の内側から声がした。
「お、久々に人が落ちてきたな。一応説明しておくと、ここじゃあベランダに落ちてきた物はベランダの所有者の物という事になってる。お前さんどうする?」
とりあえず俺は人の家のベランダに落ちて、このままだとベランダ生活らしい。
「それは、とりあえずここにしばらく住んでも良いという事でしょうか」
「おすすめはせんよ? 俺がいる時なら良いが、いない時にベランダに物が落ちてくる事があって死なれちゃ困るから一応生活できるように、それっぽい一式その小屋の中に置いてあるんだ。贅沢は出来んが一週間は大丈夫だ」
詳しく聞いてみると、ベランダに落ちてきた物はベランダの所有者の物だから「知らんがな」と関わりを放棄する事は不法投棄になるらしい。もちろん非人道的な事も駄目、ベランダに落ちてきた側の許可なく無理やり関係を持とうとする事も駄目。想像していたより決定権はベランダ側にあるようにみえる。
じゃあずっとベランダに居たら養ってもらえるじゃないかと思ったら、ベランダ側の唯一の難点は、ベランダから移動できない事だった。それは確かに閉塞感がある。こんなに空が青くて高く、地面は緑で広がっているのに眺めている事しか出来ないのは、人によっては我慢できない状況かも知れない。
「質問があるのですが、仮に更にこのベランダに人が落ちてきて、その方と僕が恋人になったりしたらどうなるのですか? そこまでロマンチックじゃなくても徒党を組むとか」
「そうならないように、ベランダにいるのは一人にしておかなければならん事になってる」
なってる、なってるとこの国は決まり事が多いようだ。
「あのお尋ねしますが、あなたもここのベランダに落ちてきた人なのですか」
更に詳しく聞いてみると、この人もベランダから出る気はあまりなく、のらりくらりと養って貰おうと思っていたらしい。窓の向こうの、前の住人はおじいさんだったらしく
―ワシが死ぬ前にベランダから出ないと一生出られなくなるぞ。知らんけど。
と言ったらしい。
「へー…それはまあまあゾッとしますね」
俺はそういう人生もアリかなと思ったので、じゃあしばらくベランダでお世話になりますと答えたら「…話、聞いてたか?」と丁寧にもう一度説明を聞く羽目になった。なんだか面白いなと思い始め、我慢できず途中でプスッと笑ってしまい、こっぴどく怒られた。
「お前…そういうとこだぞ。知らんけど」
良いおじさんだな、このベランダは関西人が優先的に落ちてくるベランダなのかも知れない。良い人のベランダに落ちたものだ。幸先が良い、楽しい生活が始まりそうである。どうやらまた顔がにやけていたらしく、更にこっぴどく怒られた。
そこから数週間、俺は窓の内側の住人になっている。
せっかくなのでベランダを拡張して色んな物が落ちてくるのを待っていた。最初に思った通り、ベランダが広ければ広いほど色々な物が拾える。ゴミのようなもの、使えなさそうなものはあまり落ちてこない。不思議な場所だ。
―トスン。
次の何かが落ちてきた。ゴソゴソという音も聞こえてくる、自力で動ける物が落ちてきたようだ。この前は動くぬいぐるみが落ちてきた。そういうやつだと楽しいのだが。
ぬいぐるみと一緒に、いそいそと窓からベランダを覗くと、
「…あ―――………」
出来れば会いたくなかった、前世(多分前世)で俺の事を熱烈に追いかけていたストーカーだ。こんなところまで…俺のどこにそんな魅力があるのか、そこだけ教えて欲しい。今度就職する時のアピールポイントにするから。
―トン、トントン。ドン。ドスン!
こっちに気づいて良い笑顔で窓を叩いている。こわい。窓の内側に居て良かった。
「はい、離れて。ソーシャルディタンスですよ。異世界の良いところは、前と違って、男性が力いっぱいガラスを叩いても割れないところです。今度は、決定権は俺にあります」
スッ、ぬいぐるみから笛を受け取る。ベランダに落ちてきたものと話が通じない時用の緊急笛。笛を吹くと、近くにいる動物がベランダにあるものを遠くへ運び「最初からなかったこと」にする。さすが異世界。こういうゲームどこかで見たことある。
―ピィ~ヒョロヒョロ~~
「さよ~なら~♪」
いえーい! いえーい! とぬいぐるみが、画用紙に文字を書いて見せている。
俺が待っているのは別の人物なのだが、なかなか落ちてこないものだ。
今度の家賃収入が入ったら、またベランダを拡張してみるか。
(本当はもうここにいるのだけど、しばらく黙っておこう)
ぬいぐるみがなぜ動いているのか。外見はぬいぐるみだが中身は人間なのだ。落ちてくる物は、いつも外見と中身が一致しているわけではない。
とりあえずプリン食べようぜ! と、ぬいぐるみの僕は画用紙に文字を書いてみる。
「プリン…お前、ぬいぐるみだし口の部分開いてないし、この前べちゃべちゃになって洗うのに苦労したんだが…何まだ挑戦しようとしてるの」
とアイツは蔑んだ目を向けてくる。ここに来て分かったのは、こいつがひどい猫かぶりだったという事だった。つまりストーカーだろうと、人がいたらずっと猫をかぶっている。
べちゃべちゃになろうとも! 食べたい! と、負けずに画用紙に書く。
「…いや、だから。食べられなかったから、お前癇癪おこしてそこら中プリンだらけになったし。洗濯機で洗おうとしたら、溺れそうだったから手洗いになってすごい手間だったんだぞ」
知らんがな! ぬいぐるみは優しく洗うもんだ!
こいつ…ああ言えばこう言う。僕が人型だった時はこんなに口答えをする奴ではなかったのに。グチグチと理屈っぽい。
うざい…。
うざい上にねちっこい。
「大体、からだのサイズに合ってないだろ。なんでよりにもよってビッグサイズを食べようとしたんだ、せめてミニサイズだろ。ほら、蓋開けてやるから」
ふんっ、こんなので騙されないからな。
「ふんっ、ふんっ、て鼻息荒くしてるんだろうけど何も空気出てないし」
天気は良好。そんなに雨も降らない。洗濯物が良く乾く。
「プリン好きのあいつが落ちてくるのを待っているけど、来たら来たで、それって死んでいるんだろうなあ~」
わからん! そうかも知れないし違うかも! 僕は一応画用紙に書いて返事をしておく。
この世とあの世の休憩地点がベランダなのだろうなと薄ぼんやり想像しているが、そうすると、ここにいる限りあの世にも行けない? 僕ずっとぬいぐるみなのか。
「プリンを食べたふりするぐらいなら、食玩でも良いだろう。今度買ってきてやるよ。って、やっぱり口のまわりベタベタじゃないか」
ウェットティッシュで僕の口の周りを簡単に拭いた後、やれやれとアイツはタライを出し始めた。
「ほら、洗うんだろ。こっち来い。お前とは距離を取る必要ないんだから」
ふんっ、洗わせてやってもよいぞ! ふんわり仕立てだろうな!
洗濯物が飛んでいかないよう、ちゃんと洗濯挟みで留めておくことを忘れずに。
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