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「生きてるあいだに長井に見て欲しかったなあ」
木瀬は少し寂しそうに笑った。
俺はあのとき木瀬に声をかけられなかったら、どうしていたのだろう。木瀬が言うように、猫を連れ帰ったのだろうか。それとも、そうしなかったのだろうか。
木瀬はグラスを傾け、うまそうにビールを飲んだ。
俺も猫も、この男に救われた。
猫は大往生し、空き地はなくなる。
俺の中にある燻った黒い記憶も消えていくだろうか。
もし消えずに抱え続けていくのだとしても、あの猫が求めたように、俺も幸せを探してしまうのだろう。手が届かないのだとしても。
「俺にも猫、飼えるかな」
「……そんなことより、香苗ちゃんに連絡しなよ」
「は?」
「まだ見ぬ猫より大事なもんが、ある」
木瀬は猫にも見えなくもない犬顔で笑った。
「……おまえの嫁さんて誰なの」
「あれ、知らなかった?」
2つ目のビールとともに特上ロースかつ定食が運ばれてきた。木瀬が残ったビールを飲み干す。
木瀬はもう二度と会わないかもしれないと言ったが、その予言は外れるかもしれない。
明日ここを離れる名残惜しさともに、次の帰郷のことを考えていた。
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