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「ねえ、小学校の近くに空き地があったの、覚えてる」
俺は容器ごとグラスに沈没したガムシロップをしばし見つめ、ストローで慎重に救助した。なんとか引き上げ、紙ナプキンの上に落とす。
チェーンの狭い店のテーブルは足がぐらつき、香苗がミルクティーのグラスを置いて少し手をかけただけで、がたと音を立てた。
「そんなところ、あったかな」
テーブルの動きを見ながら、俺はアイスコーヒーをストローでかき混ぜた。
高校の同級生の結婚式で久しぶりに故郷へ帰ってきていた。小学校から高校まで同じだった香苗は新婦側の友人として来ていた。
披露宴がシンプルにお開きになったあと、会場のホテルから駅への道を歩いていると、うしろにいた香苗がお茶しよう、と声をかけてきた。言われてみると一息つきたいような気もして、彼女の誘いに乗った。
「小学校の近くだよ。コンクリートの塀に囲まれてて、ちょっと得体の知れない不気味なところ」
「木瀬のうちの近く」
「そうそう。あの塀が取り壊されて、駐車場になるんだって」
「へえ」
「男子がよく肝だめしに行ってたよね。長井も行った?」
「ああ。……小学生には塀が高すぎたけど」
「あの空き地って、何だったんだろ」
「さあ」
俺は香苗の話を聞きながら、灰色の薄汚れた塀を思い出していた。
学校に怪談があるように、空き地にも怪談がある。誰かが雷に打たれて死んだ、とか、夜な夜な呻き声が聞こえる、とか、そういうものだ。何があったか調べようと思えば方法があるだろうが、当時そんな発想はなかった。不思議なことはそのままにしておきたかったり、大人たちに濁され、知らない方がいいと感じていたり、そんな理由もあったのかもしれない。
「今ならネットですぐ調べられるんだろうけど。不思議なままで終わってるのも面白いよね」
香苗も同じことを思ったのか、俺の頭の中に近いことを言った。
連絡先を交換し、店を出た。時刻は5時過ぎだが、外はまだ明るい。
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