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ゆるゆるとバスは進み、体が記憶する景色になった。バス通りは、やはり所々変わっていたり変わっていなかったりするが、降りるバス停が近づき緊張が緩んでいた。そこではじめて、緊張していたのかと気がついた。
アナウンスが聞こえ、俺は降車ボタンを押した。
なぜ押した、と思った。
降りるつもりだった停留所の、一つ前であることは知っている。
バスが赤信号で停車した。間違えたと言えば済むことだ。
交差点の向こうを早い速度で車が行き交っている。
人のいない横断歩道で、歩行者用の信号が点滅している。赤になる。
バスが動き出し、俺は諦めた。
交差点を過ぎてすぐ、バスは揺れもなく停留所に止まる。
疲れた気持ちでアスファルトに降り、引き出物の手提げ袋を持ち直した。
なんでこんなことを。
俺のつぶやきを無視し、足は歩みを続ける。
横断歩道を渡り、バス通りから少し狭い道に入った。築年数のある住宅が密集している場所だ。いつでも湿度が高いような匂いがする。いくつかの家は新しく建て替えられてた。
この先に行くと小学校がある。その手前の道を右に折れ、少し進んでまた右の細い路地に入った。
すぐに灰色のコンクリート塀が見えてきた。
相変わらず暗く敷地を囲み、そびえている。風雨に薄汚れ、足元には緑と黄色のまだらな苔が点々と生えていた。
小学生の頃は巨大すぎた高さも、今は手が届くほどになっていた。中が見えなかったというのに、みんな空き地だと信じていた。
塀をたどっていくと、朽ちた分厚い木の門扉がはずれ、斜めに開いている。
中を覗くと殺風景な草むらが広がっていた。
傾きはじめた日は周囲の建物に遮られ、膝の下ほどの丈の草がくすんだ水色の背景にそよいでいる。踏み固められた茶色い地面の所々には、へばりつくように雑草が顔を出していた。
その片隅に、朽ちた小屋がある。木造の小屋はかなり腐食して黒ずみ、どうやって自立しているのかと思うほど傾いていた。
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