空き地の秘密

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 電話を切り、ふうと一つ息をつくと、木瀬は行こうか、と笑顔を作った。昔の面影が過ぎった。 「嫁さん?」 「そう。夕飯前だったからめちゃくちゃ怒られた」 「悪かったな」 「いいって」  夕陽を追うように細い抜け道を通った。木瀬のサンダルがペタペタと、素足に貼り付いては離れる。礼服の俺が並び、妙な組み合わせだった。  暮れはじめ影を濃くする周囲を見回した。この道の途中に誰の家がある、向こうへ行くと誰の家、と頭の中で地図をたどる。確かにもう彼らには会わないのかもしれない。同窓会の連絡が来ていたとしても、実家は転居しているので届かないだろう。距離がさほど変わらなくても、住所が違う。転送届の期限はとうに切れていた。  車が行き交うバス通りに出ると、すぐにトンカツ屋が目に入った。看板を照らす照明がまぶしい。  木瀬が慣れた様子で先に立ち、ドアを開けた。  夕食どきの店は賑わっていた。食欲をそそる油の匂いが真っ先に鼻についた。スーツに匂いがついてしまうが、どうせ帰ったらすぐにクリーニング行きだ。  思ったより待つことなく席につき、ふたりともビールとおすすめの特上ロースかつ定食を注文した。俺は中ジョッキを選び、木瀬は嫁に配慮したのか、小だった。  間もなくビールが運ばれ、乾杯をし、また昔の話になった。今日は過去を振り返ってばかりいる。旧友に会い、お互い共通の話題となるとそうなってしまう。表面的に楽しげな思い出話をする。その裏では様々な出来事が、浮かんでは消える。目の前の明るさの下で、腹の底が重く沈んでいくようだ。  木瀬の顔を見ていると、やはりあの猫のことがちらつく。木瀬の顔が猫に似ているような気さえしてくる。犬顔のくせに。  木瀬はすぐに一杯目のビールを半分ほど空け、もう一杯飲みたくなったとメニューのある方をちらちら見ていた。頼めよ、と口添えすると、あっさり牙城は崩れ、嫁への配慮も水の泡となった。しかもまだ飲み終わっていない。
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