空き地の秘密

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 木瀬がメニューをわざわざ開き、小にするか、いや中か、と迷っている間に、また猫の姿が浮かんだ。  まだ子猫だった。  放課後、友達と遊んだ帰りだ。くたびれたランドセルを背負って、俺は家に向かって走っていた。日が長い時期で、門限が迫っていることに気づかなかった。しかも雨が降りそうだった。  鳴き声が聞こえた。  すでに枯れていることにも構わず、親を呼び続けている。こちらまでつられて悲しくなるようだ。  声のする方向を探し、俺は足を止めた。あの路地から聞こえる。また歩き出し、いったんは通り過ぎたが、路地の入り口へと引き返した。  日がほとんど差すことのない道はそこだけすでに薄暗い。  おそるおそる路地へ入ると空気がひやりと感じられた。やがてコンクリートの塀があらわれた。いつからあるのかわからない染みは、ひとつずつが動き出しそうだ。  俺はそれを見ないようにし、足音を忍ばせてゆっくりと進んでいった。途中、木製の大きな門扉があった。いつもは閉まっている扉がわずかに開いている。中を覗こうと思ったが、子猫の声が呼んだ。先に目をやると、黒っぽい小さなかたまりが壁に沿ってよたよたと動いているのを見つけた。  驚かせないように腰をかがめて近寄る。手を出すと小さな体が何かを訴えて、こちらへ来た。  手までたどり着いたので、背中からつかみ抱き上げる。 「なんだよ。おまえ、どっから来たの」  子猫はミャーミャーとただ声を上げた。 「俺、食べ物持ってないよ。うちじゃ飼えないんだ」  両脇に手を入れ、持ち上げる。俺の指よりも小さな足が宙に浮いた。毛並みは柔らかく、驚くほど軽かった。生き物がこんなに軽いのか。学校のウサギやニワトリと比べれば、羽のようだった。  親に叱られても連れて帰ろうかと迷った。俺が拾わなければ、子猫はさまよい飢えるかもしれない。  そう思いながらも、親に叱られる様を想像し、子猫を連れ帰る勇気がなかった。
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