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りょーくんが涙を流しながら寝言を言っていたのは、りょーくん自身が皐月さんを幸せに出来なかったことを悔やんでいるのではなく……皐月さんの本当の心の支えだった夕紀さんと一緒に暮らしてあげられなかったことを悔やんでいたからだと、私は彼から伝え聞いた。
「そんな……」
しばらく夕紀さんは顔を俯かせ、静かに泣いていた。
そんな哀しい師匠の背中を、弟子の私は撫でる事しか出来ない。
皐月さんにとっての『思うはあなた一人』は多分夕紀さんの事で、皐月さんは夕紀さんが広島に行っている間ずっと一人寂しく待っていたんだと思う。
夕紀さんが、この珈琲店で、あのグアテマラアンティグアを焙煎して美味しいコーヒーを淹れて……。
そして姉妹2人で幸せなコーヒータイムを過ごす日の事を。
だけど、皐月さんだってまだ若い学生だったから……その寂しさに耐えられなかったんだ。
だからきっと……。
それで気が付いたらもう、危険な恋愛から逃れられなくなってしまったんだと思う。
「私、彼が皐月さんを深く愛していた事を『素敵だ』って思いました。悲しい恋だったかもしれないけれど、私は彼のその想い含めて愛してあげたいって思うんです」
りょーくんは私を「大好き」「愛してる」って言葉でも態度でも示してくれるけど、彼が皐月さんを私と同じかもしくは私以上に大好きでいる事を否定したくはないし、毎月のお墓参りも続けて欲しいと思っている。
「朝香ちゃんが彼と一緒に暮らしたいって気持ちは……そのくらい本気って、意味?」
夕紀さんは昂ぶる気持ちを抑えながら、私の方を振り向きそう訊ねる。
「はい!本気です!だって私は……。
今まで夕紀さんに内緒にしてましたけど、あの日あの時の、中学生の男の子の幸せをずっと願っていましたし、それは今までも変わらないですから」
私は自分の本気の気持ちを、初恋に擬えて夕紀さんに伝える。
「……」
「私は頭に包帯を巻いた……皐月さんを深く愛していた男の子の事を密かに想っていたんです。それが笠原亮輔さんだって……今の彼だって知って、とても幸せな気持ちでいるんです」
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