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「知ってる。」
「へ?」
夕紀さんから、サラッとそう返されてしまい拍子抜けた。
「朝香ちゃんの初恋が『あの少年』だって事。
だって広島に戻ってからの朝香ちゃん、しばらくボーッと物思いに耽っていたでしょ。私になるべく見せないように頑張ってたよね」
「あっ……」
「朝香ちゃんが私を励まそうと『喫茶店ごっこ』してくれてた時、私は私で自分のことでいっぱいいっぱいになってはいたんだけどさぁ、朝香ちゃんのボーッとしてる瞬間を何度も見かけていたの。その事を裕美さんに相談した事もある」
「えっ?お母さんに私の事を?」
そして、私も私で、夕紀さんが今まで内緒にしていた内容を明かされてビックリする。
「朝香ちゃんの密かな恋心を裕美さんが義郎さんに話したかどうかは私も知らないよ。義郎さんもあの頃は私の代わりにこの店の準備に携わってくれてて、広島とこっちを数えきれないくらい行き来して忙しくしてたでしょ?」
「そう……ですよね。お父さん、私達の事大好き過ぎるから」
お父さんは、皐月さんの死後塞ぎ込みがちになっていた夕紀さんの代わりに広島とこの場所を新幹線で何度も何度も往復していて忙しくしていた。
娘の片想い事情なんて知ったら、お父さんの事だからめちゃくちゃパニックを起こしていたに違いない。お父さんがあの頃忙しくしてて良かったという見方もある。
「なんか不思議な縁ね。あの時朝香ちゃんが密かに想っていた『彼』が大人っぽく成長して、あのアパートに住んでて、それで朝香ちゃんがたまたま隣に住んで、朝香ちゃんの焙烙焙煎の香りに彼が惹かれて、2人が恋に落ちるなんて」
「…………ですね」
私が掻い摘んで話した内容そのものとは言え、師匠の口で反芻されて耳にするとちょっと恥ずかしい。
「…………まぁ、『出逢いは必然』って考えも、無きにしも非ずだもの」
夕紀さんはしばらく無言で何か考えるような素振りを見せたんだけど、すぐに表情を微笑み顔に変える。
「夕紀さん……?」
「朝香ちゃん、私が悪い発言を彼にした所為で色々と苦労が絶えないだろうけど、楽しく仲良く同棲生活を過ごしなさい」
「はい……」
「勿論、抱え込み過ぎはダメよ。何かあったらちゃんと私に相談する事!」
「ありがとうございます!夕紀さんっ!」
その微笑み顔に、私は嬉しくなって自然と笑顔になれた。
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