「思うのはあなた一人」

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 「朝香ちゃんが、一昨日電話で彼の名前を言ってくれた事で確信に変わったのよ。電話でいきなりのアレはビビッたしショックを受けたんだけどさぁ。初恵さんにも言われちゃったんだぁ『電話で連絡しかする(すべ)がなかった朝香ちゃんの状況も心境も察してあげなさい』って」  「…………」  「もう30超えてるっていうのに、私はまだまだ子どもよね。初恵さんにお母さん代わりしてもらってるのも情けないし、弟子の朝香ちゃんにも皐月を救おうとしてくれた笠原亮輔にも気を遣わせてしまってるんだもの」  「夕紀さん……」  「ごめんなさいね、許してもらえるかしら?朝香ちゃん……それから笠原亮輔にも」  「あ……」  夕紀さんの柔らかな口調やこの時初めて口にした彼の名の「さん付け」。  それと珈琲に似た煙の香りが、一気に私の緊張やドキドキを緩和させる。  「男の子にしては花の手入れや作法がしっかりしているなとは思ってたよ。でも根は真面目な子だから、恐らくちゃんと勉強してお参りしてくれていたんだろうね……皐月も生前、彼の勉強の頑張りをとにかく褒めていたからね。その想像はすぐにつくしとても有り難いことだって思うよ。そして本当にその彼だったということが今日分かって、本当に良かった」  「夕紀さん……」  「朝香ちゃん、良いお彼岸を迎えさせてくれてありがとう」  その緩和はきっと夕紀さんの心も和ませたんだろうと思う。……そのくらい、晴れやかな表情を私に見せてくれていた。  「おはぎ食べよっか。お店でいい?」  お線香の煙が全て秋空に吸い込まれた。  お光の炎を消してもまだ珈琲の香りがほんのりと残る中……夕紀さんは私に優しく手を差し伸べる。  「はい!」  私も笑顔で、夕紀さんの手に優しく触れた。
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