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やがて電車が高輪ゲートウェイ駅に停まった。数人の乗客が降り一人も乗って来なかった。車内の空間に少し余裕が生まれた。
「とにかく次こそ東京駅で確実に降りればいいんだな」
「ああ、頼むよ。でもお前さっきもそう言ってたんだよな」
「仕方ないだろ、なぜか覚えてないんだから。そうだ、俺がまた戻って来ないようにメモにでも書いて渡してくれよ。『その電車に乗るな』とかさ」
「それ使えるかもしれないな」
大樹は通勤鞄を開けるとメモと筆記用具を探し始めた。
「でも二人がいてよかった」
いつの間にかあきが俺の隣に立っていた。
「一人だったらきっともっとパニックになってたと思うし」
「俺もそう思う。知り合い同士こうやって協力できるしな」
鞄から手帳とボールペンを取り出しながら大樹が言った。
「あと不気味だけど、なぜか時間が経たないのも正直助かる。遅刻して先方に迷惑はかけたくない」
「樋山くん、この後取引先と大事な商談があるって言ってたもんね。私も友達と待ち合わせしてるから助かるよ。佐田くんは?」
「え?」
気がつくと、あきが首を傾げて俺を見ていた。
「東京駅で降りそびれたって言ってたけど、この後は会社に戻るの? スーツ着てるし」
「ああ、まあそんなとこ」
俺は頷いた。
「にしても、うっかり乗り過ごすってとこが章吾らしいよな。しっかりしてるようで変なところ抜けてるっていうか」
「おい、なんだよそれ」
「あーでもちょっとわかる気がする」
「あきまで」
「修学旅行の時のこと覚えてるか? 部屋班のリーダーの章吾が最後にルームキーと間違えてペーパーウェイト持って部屋出たの。それでドアが開けられなくなってさ」
「あったあった。樋山くんがカメラ忘れて、結局先生がホテルの人に頼んで部屋を開けてもらうまで出発できなくて、行動班の私たちも皆でロビーで待ってたよね。懐かしいな」
「あれは紛らわしいのが悪いだろ……ていうか大樹、そもそもお前がカメラ忘れなきゃ済んだ話だろ」
緊迫した状況だというのに昔の話をすると大樹もあきも屈託なく笑った。十年も前の出来事だというのに不思議といくら話してもネタが尽きることはなかった。高校時代の話をしている間だけは、三人も何もかもあの頃のままだった。
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