山手線

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 気がつくと電車は神田駅を出発していた。東京駅は次だ。思い出話に花を咲かせているうちにあっという間に一時間が過ぎていた。  途中、原宿駅と新宿駅であきと大樹はそれぞれ電車を降りようとした。しかしドアの故障と乗車客に阻まれてやはり降りることはできなかった。予想の範疇だったので二人さほど慌てなかった。肝心なのは次の東京駅で俺が降りることだ。 「ほらよ。こいつを持って降りてくれ」  そう言って大樹は俺に小さな紙を手渡した。手帳のちぎり取った一ページだった。紙にはボールペンで「真っ直ぐ会社に行け。山手線に乗るな。」と書いてある。 「おう。これで上手くいくかな」 「ああ。何を理由にお前が記憶を失うのかは分からないが、記憶を失くしてもそのメモを見れば電車には戻らずに済むはずだ。天邪鬼じゃなければな」 「言ってろ」  俺は笑って、メモを二つに折り畳むと右手でしっかりと握り締めた。 「じゃあね、今度こそ。佐田くん」 「おう。またな、あき」  俺は開くドアの真ん前に立った。行く手を遮るものは何もない。  東京駅に近づく電車が次第にゆっくりと速度を落とし始める。俺は振り返ると背後で固唾をのんで見守っている二人に向き直った。 「よかったら、また今度三人で飲みにでも行かないか? こんな偶然早々ないし、今日話しきれなかった話もあるしさ」 「あー……それな。お前毎回誘ってくれるんだけどな」  大樹が苦笑まじりに言う。 「気持ちはすげぇ行きたいんだけど、俺来週から海外赴任なんだわ。台湾なんだけど日本にはあまり帰ってこられなくなるから」 「私も、実はもうすぐ結婚して向こうの田舎に引っ越すの。関東は離れちゃうから。ごめんね」 「そっか。それなら仕方ないよな。あき、結婚おめでとう。大樹も栄転だろ、おめでとう」  俺は再びドアの方を向いた。電車が東京駅に到着する。窓越しに見慣れたいつもの五番線のホームが見える。 「じゃあな」  電車が止まりドアが開くと、俺は人の流れに任せて電車を降りた。
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