山手線

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 電車を降りた人々は皆一様に歩いていく。列をなして、改札階へ上がるために階段かエスカレーターを目指す。駅を出るために改札に向かう人、乗り換えをするために他のホームに向かう人。たまに乗り過ごしたりそもそも乗る電車を間違えたりして、時間の調整をするために立ち止まってスマートフォンを見ている人もいる。しかし彼らもやがてはそれぞれの目的地に向かって歩き出す。目的地がある人の通過点、それが駅という場所だ。  俺は降車客の列をそれると人混みを避け、ベンチ脇の自動販売機を背にして立った。  本日三度目に降り立つ東京駅だった。スマートフォンを確認すると時刻は二時ちょうどだ。たった今降りた電車はこれから東京駅に二分間停車する。  今日、目を覚ますとすでに昼の十二時を回っていた。会社からの着信はない。支度をして家を出た。  いつものように自宅の最寄りの上野駅から外回りの山手線に乗った。四駅先の会社の最寄りの東京駅で降りるつもりが、到着してもなぜだか足が床に根を張ったように動かなかった。途方に暮れているうちに電車は出発した。  その時だった。隣の車両から大樹とあきが現れたのは。十年の月日の経過で見た目が変わっていたが、すぐに二人だと分かった。  まるで白昼夢のようだった。つまらない仕事、噛み合わない同僚、嫌いな上司。繰り返される日々の中で、いつからか人生で一番楽しかった季節を毎晩夢に見るようになっていた。大樹に尋ねられたとき本当のことが言えず、うっかり降りそびれたと答えた。この時間が永遠に続けばいい。そう思った矢先、次の原宿駅であきの前のドアは開かなかった。  俺は右手のメモを強く握り締めた。  ここはきっと俺の世界だ。俺が望んで作り出した世界だ。だからあの二人は電車を降りることができない。何度繰り返しても俺にしか降りられない。俺が東京駅で降りるまでこのループは終わらない。
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