8人が本棚に入れています
本棚に追加
「なぁ……覚えてるか?」
不意にかけられた声に顔を上げると、目の前に紺色のスーツ姿の男が立っていた。俺は耳にはめていたイヤフォンを外した。
男はサイドを刈り上げた髪型をきっちりセットしている。いかにもやり手の営業マンといった風貌だ。まだ春先だというのに額に滝のような汗をかいていた。その上随分と神妙な顔をしている。しかしその自信に満ち溢れたような凛々しい眉と面差しには見覚えがあった。
「もしかして、西高の樋山大樹か? お前、久しぶりだな。よく俺が分かったな」
「ああ…………それは……そうなんだけどさ」
大樹は絞り出すようにそうつぶやくと、次の瞬間、周囲の視線も気にせずにがくりと項垂れた。
「おい、いきなりどうしたんだよ」
そのとき大樹の隣にもう一人見知った顔が立っていることに気がついた。
「……久しぶり……になるのかな、佐田くん」
電車のドアの脇に立って青い顔をしている女性は十年前の少年っぽい見た目とは随分雰囲気が変わっていた。それでも瞳の奥に湛えたいたずらっぽい光と頬のそばかすは全く変わっていない。
樋山大樹と千堂あき。今から十年前、十八歳の時に地元の高校で毎日のように一緒に過ごしていた同級生だった。俺の親友と、初恋の人だった。
最初のコメントを投稿しよう!