おねえ様に差し上げますわ

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 ――はい、どちら様でしょう?  あら! まぁまぁ! お城からの使いの方ですって!  え? えぇ、この屋敷には若い娘が2人おりますわ。はい。私と義姉(あね)のことだと思います。今、父は仕事で出かけておりますし、継母(はは)と義姉も買い物に出ております。一体、お城の尊いお方がこんな町外れの我が家になんのご用でしょう……?  先日の王宮でのパーティーで、王子様と踊った娘を探してらっしゃる?  まぁ。その方、せっかく王子様と踊れたのに、名前も告げずに帰ってしまわれたと。  あぁ、それでその女性の落とした靴を持ってらっしゃるのね。なんて小さくて可愛らしい靴。ガラスで作られた靴なんて初めて見ましたわ。  そうですわね、これだけサイズの小さな靴なら、きっとその女性以外には履けませんわね。靴を持って片っ端から年頃の女性に履いていただき、ピッタリ履けた方を妃にするなんて、王子様はなんて聡明なお方なんでしょう! 王子様と結婚できるその女性が羨ましいですわ。  え? こんなにみすぼらしい格好をしている私にも靴が履けるかどうか試してみる権利がある……?  いいえ、いいえ。おそれ多い。私はお城のパーティーなんかに行っておりません。なので、その女性ではありませんわ。どうぞおよしになって。継母も義姉も私を使用人のように思っておりますからドレスなんて着させてもらえませんの。  ……そうですか。愛しい人を見つけるまで、全ての女性に靴を試させろと王子様のご命令なんですのね。  大丈夫。そんなに震えなくても、そういうことなら私も履けるかどうか試させていただきますわ。だって、命令に背いたら恐ろしい折檻が待っているのでしょう? 鞭に打たれる恐怖と痛みは私も知っております。  ――あぁ、やはり私の靴ではありませんわ。だって踵が引っかかって最後まで入りませんもの。残念なこと。  ねぇ従者様。私の義姉はそれはそれは美しく聡明で、そして足のサイズも小さな女性なんですの。先日のお城のパーティーにも出席しておりましたし、何より王子様に憧れ、結婚することを夢見ておりますわ。きっと義姉こそが王子様の探し求めている女性なんだと思います。奥ゆかしい義姉のことだから自分の名前を告げるのをためらってしまったのかと。  義姉と継母は今頃なら町の噴水広場にいるはずです。義姉が涙を流して喜ぶ姿が目に浮かぶよう。どうぞ、すぐに義姉のところに行ってさしあげてくださいな……。 ◆ ◇ ◆  町の広場へ向けて遠ざかる王宮の馬車を見送り、少女は苦いため息をついた。  まったく。あの王子はなんて愚かな男だろう。  妃にしたいと望む女の顔を見分けられず、捜索すら人任せとは。  しかも、靴のサイズで探そうとするなんて! いくら小さな靴だからと言って、同じサイズの女など他にもいるだろうに。 「実際、私とお義姉様(ねえさま)の足は同じサイズだしね」  魔法使いに出してもらったガラスの靴。  それを履いて向かった王宮のパーティーで王子と踊り始めた瞬間、少女はその場に来たことを激しく後悔した。  確かに王子は見た目は整っていたが、美しいのは外見だけで中身は醜悪な男だとすぐに気づいたからだ。  口を開けば出てくるのは薄っぺらく下品な言葉。  ジロジロと値踏みするように絡み付いてくる視線。  特に胸元を見る時のしつこさと言ったら!  しかも、噂によると王子は女が痛みと苦しみで泣き叫ぶ姿に興奮を覚える嗜虐趣味まであるらしい。  そんな男と結婚なんてゾッとする。 「だから名前を言わずに逃げて来たのに、まさかこんな町外れまで探しに来るなんて……」  踵が引っかかって入らない演技に従者が気づかなくて本当に良かった。  王子によって休みなく働かされていると言うから、もしかしたら彼も疲れで朦朧としていたのかもしれない。 「でも大丈夫。お義姉様は王子が探しているのは自分だと言いはるでしょう」  傲慢で強欲で恥知らずな一歳上の義姉。  なんの皮肉なのか彼女とは背格好も髪の色も足のサイズも同じだった。 「それなのに私ばかりが使用人のように用事を言いつけられて……」  たまに父から貰うお菓子も絵本も人形も、いつも義姉に取り上げられてきた。  だから―― 「王子のことも、あなたに差し上げますわ。お義姉様」  唇の端を吊り上げて、少女は楽しそうに微笑んだ。
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