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◆黒石寺の仏像(2)
水沢駅で下車し、正法寺行のバスに乗る。黒石寺を経由するこの路線は一日四便しかない。やや記憶があいまいだが、この時に乗ったのは朝10時台の始発であったと思う。
商業施設が軒を連ねる駅前を過ぎると、住宅街と田畑が車窓の向こうにしばらく続く。その光景も北上川を渡ると途切れ、バスは左右に木々が鬱蒼としげる森の中を走っていく。
バスを降りた場所が熊が出そうな山のど真ん中であったらどうしようと、多少心配であったが、「黒石寺」のバス停は、山中にしては交通量の多い広い道路の傍らにあった。黒石寺の入り口も目の前で、そばには大きな駐車場と土産処兼食堂もあり人気の無い山中を歩く必要もなかった。
寺の敷地に入ってすぐ目の前に石段があり、そこを登ると目の前に薬師堂が見える。いかにも古刹らしい質素剛健な力強さを持ちながらどこか優美な雰囲気も併せもつ建築物であった。
四方を木々に囲まれながらそこだけぽっかり開けた地に6月の明るい日差しが降り注ぎ、薬師堂は柔らかな光に包まれていた。
黒石寺の主な仏像は拝観料が必要な仏像庫と拝観料のいらない薬師堂に分かれている。どちらも祭りなどの以外の時に拝観したならば事前の連絡が必要である。
私の目当ては、仏像庫にある安倍氏との関係が想定されている僧形坐像と、薬師堂にある基衡寄進伝説のある日光・月光菩薩立像である。
まずは女性住職に案内されて仏像庫に入らせてもらう。ここには本尊であり9世紀の作である薬師如来坐像があり、その傍らに僧形坐像はそっと置かれている。
大きく存在感のある薬師如来像の傍らにあるにも関わらず、小柄な僧形坐像は不思議と重厚さを感じる。実際はどうかわからないが、持ち上がらないほど重そうにさえ思える。私は仏像の鑑賞には全くの素人であるが、その私から見ても力強い彫りである印象を受ける。
次に薬師堂に向かい日光,月光の二菩薩を拝観させていただく。こちらは撮影も公開も可能である(2016年当時)。
二菩薩は家形の厨子の左右に配置されている。背後の家形厨子は幕が下がっていた中は見えないが、脇侍である二菩薩はかなり間近で見ることができる。
たおやかな身体の線に合わせた衣服の彫り方とわずかに腰をくねらせた姿が非常に艶めかしい。二菩薩の四方を囲むように四天王立像(平安前期作)が並んでいるが、躍動的でいかめしい四天王立像に囲まれ、日光・月光菩薩の静謐さ、優雅さは際立っていた。
黒石寺にあるこの仏像より古い薬師如来像も僧形坐像もそれぞれ別種の力強さを秘めていたが、二菩薩はそれらとは別物である。都の仏像をそのまま移してきたようでさえある。
案内してくれた住職さんに二体の菩薩像が基衡寄進という伝承について聞くと「それ以上の詳細は分からないが、当時これほどの仏像を寄進できるのは基衡以外にいないのでそうだと思っている」と語ってくださった。
蘇民祭の熱狂で知られる黒石寺だが、私が訪れた普段の寺は古刹らしく落ち着いた居心地の良い場所だった。敷居が高い感じは全くない。
近くを瑠璃壺河という名前の通り日差しを浴びて光輝く清涼な小川が流れている。蘇民祭の時に男たちがここで水ごりしてから祭りにのぞむのだという。
休み処で蕎麦でも食べてゆっくり過ごせれば最高だが、11時台の次のバスを逃すと帰りが夕方になってしまうので諦めるしかなかった。バスの本数が少ないため、滞在時間が1時間ほどしかなかったのが残念である。
いったん水沢駅に戻って駅のすぐ正面にある和食屋「千成」で郷土料理のはっと汁を頼む。頼んで正解の味で、水沢駅周辺で食事をするならオススメである。
その後、まだ午後いっぱい時間があるので、再びバスに乗り薬師堂温泉という日帰り入浴施設に向かう。ついでに近くにある胆沢城跡も一応見学するが、やはり予備知識の少ない遺跡を見るのは難しい。
薬師堂温泉の方は温泉の気持ち良さはもちろん、館内にお酒も飲めてつまみの料金も手ごろな食堂もあって私にとっては何時間でもいたい理想の日帰り入浴施設であった。
夕食は鬼剣舞も見られる郷土居酒屋鬼剣舞水沢店。ここの卵めんというつなぎを使わず小麦粉と卵で作られた麺料理がなかなか美味しかったが後でHPで確認するとメニューにないので今はもうやっていないのかもしれない。
※黒石寺薬師堂
※瑠璃壺川
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