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「ねぇ、覚えてる?」  傍らからかけられた声に、ぼんやりと靄のかかった意識がはっきりしてくる。何度か瞬きを繰り返し、ようやくピントの合った視界に入ってきたのは白い天井、それから……心配そうな表情で僕をのぞき込む、女性の、顔?  鼻先に届くのはよくある消毒液の香り。機能を取り戻し始めた五感が徐々に周りの情報を脳へと送り始めた。 「ここ……は」  この状況における決まり文句が口をついて零れた。 「病院。覚えてない? 急に倒れたんですよ?」  病院という場所を象徴するような色と匂いからおおよそ見当はつけていたものの、自分が倒れたらしいということには皆目見当がつかない。  ここへ運ばれる前はどこにいた? 何をしていた? そもそも――。 「君は、誰だ?」  横たわる僕の顔をずっと窺っている傍らの女性に問いかける。残念だが、その顔には覚えが無かった。こういった状況でなんとありきたりな問いか。 「――っえ? 私を、覚えて……ないの?」  僕からの問いかけにパッと一瞬大きく見開かれた瞳が次第に揺らめきを持ち始める。しまった、と思うがもう遅い。それに覚えていないものは覚えていないので、どう気を遣ったにせよこの時点での結果は変わらないだろう。  ぐっと涙をこらえるように下を向き、ふぅーっと一つ大きな深呼吸をすると、女性はその顔に微笑みを貼り付けて僕の方を向いた。 「とにかく、意識が戻って良かった。お医者様を呼んでくるから、待っててください」  そう言い置くと、病室を出て行った。病院の中で人を呼ぶならばナースコールを押せばいい。けれどそうしなかった彼女は、もしかしたらどこかで、こらえた涙を流すのだろうか。  そんなことを思い、仕方ないとはいえ申し訳なさが込み上げてきた。
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