【4】

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【4】

 退院の翌日、やり直しデート一回目の日がやってきた。行き先は無難に、水族館。王道デートというやつだ。  いっそのこと、あえて初々しさを出そうということで僕らは水族館の最寄り駅で待ち合わせることにした。そして、約束の時間まであと十五分。記憶にある中ではデートなんて久しぶり過ぎて、早く来すぎてしまった。 「お、お待たせしちゃいましたか?」  待たせるよりはいいだろうなんてことを考えていたら、足早に改札を出てきた由香さんに声を掛けられた。 「いや、ちょうど来たばっかり……だよ」  裾がふわりと風に踊る涼やかなワンピース姿で現れた彼女を目にして、とっさに口をついて出てきたのは何とも台本通りのセリフ。「ふふっ」と小さく、笑われてしまった。 「とっても、典型的」 「……だね」  改めて指摘されて、僕も一緒になって笑ってしまった。 「じゃあ、行こうか」  目指す水族館へ、僕らは横に並んで歩き出した。遠くもなく近くもない、手を伸ばそうと思えば届くくらいの、しかし不快感よりも楽しい緊張を共有出来る距離が、今の僕らを映し出すようだった。  水族館に到着した僕らは一緒に様々な水槽を見て回った。  すっかり記憶からは抜け落ちているけれど、僕らが付き合っていたというのは本当なのかも知れない。まだやり直しデート一回目だったが、僕らの距離が縮むまでは驚くほど一瞬だった。  海の生き物コーナーを抜け、川の生き物にはしゃいだ。ふれあいコーナーでは由香さんの度胸が知れたし及び腰になる僕は散々笑われた。水族館一押しのイルカショーでは予定外の水しぶきに襲われ、顔を見合わせ笑ってしまった。  水中トンネルをくぐれば、水面に反射してキラキラと降り注ぐ光なんかよりも、一面ガラス張りの中をくるくると回りはしゃぐ姿のほうに見とれてしまった。  その全てが、僕の抜け落ちた心をそっと埋めていくようだった。 「最後は……クラゲコーナー……だって! 私、クラゲ好きなんですよね~」 「詳しいの?」  ぽそっと口にした由香さんに尋ねると笑顔で「全然」なんて返されてしまった。 「種類とか特徴とかは全然詳しくないけど……ゆらゆらっと浮かぶ様子を見ているのが好きなのと、あんなに癒やし系なのに実は猛毒を持っていたりっていう、ギャップというか。見た目によらないところとか、好き」  ぽつぽつと語る様子は外見にとらわれない彼女の芯の強さを表すようで、そんな彼女が好きかも知れない、と、そんな風に思う自分がいた。  水槽が見えてきたところで、「よし」とひとつ心を決める。 「由香さん、良かったら……手、繋ぎませんか?」  それなりの緊張ゆえに、敬語が戻ってきてしまった。  彼女が言うには僕らは恋人だったという。ならば、手くらい繋いでいたのではないかという想像、それから、僕自身がもっと彼女に近づきたいと思ってしまった結果の提案だった。  振り返った彼女は驚いた顔でこちらを振り返ったまま固まっている。 「いや、あの……嫌ならいいんだ。この先暗いし……僕が、繋ぎたいと思っただけで……」  だんだんといいわけじみてくる僕の言葉に「ふふっ」といつもの微笑みが漏れ聞こえ、ふわっと華奢な手が差し出される。 「嫌じゃないです。じゃあ、ぜひ!」  僕は頷き、彼女の手を取った。ひんやりとした、しかし冷たくはないその手の温度とは逆に、体の芯ではかっと燃えるような熱が駆け抜けていた。  さしてその近さは変わらない、けれどゼロ距離になった僕らはゆらりと漂うクラゲをのんびり眺め、笑い合って楽しんだ。  こんなに早く心をつかまれてしまうのは、覚えてはいない欠けた記憶のおかげ、なのだろうか。
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