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薄い皮膜
ある日。
いつもの教師の、飾り気のない言葉。
「大人は水泡の外で暮らしています」
たったそれだけのことなのに、教室が揺れるのを肌に感じた。
子供だけのアワ。夢と好奇心だけが泥のようにねっとりと詰まった、ちいさなアワ。大事なアワの、震える音。
「スピナー……」
口からこぼれた言葉。
自分のものとして噛み締める。そうすることで、薄い膜がまたひとつ、弾けたように感じた。
心に残るのは、焦燥?
とにかく、その日から僕以外のすべてが変わってしまった。
閲覧室に生徒が残ることはなくなった。
他愛ない会話も、跳ねるようないじらしい言葉も。みんなが現実主義者に、大人に近づこうと、ちいさな気泡のなかでもがいている。
「外に出たい」
その気持ちは教師のひとことで、
「大人になりたい」
に変化してしまった。
ちいさな焦りは感染し、またひとつ膜を破る。そのたびに、少年の瞳の輝きは薄れ、大人という膨大かつ無変化な要素に希釈されてゆく。
それはまるで一斉の羽化のようだった。
僕は、
僕はひとり少年のままだった。
焦る仲間を横目に、ひややかでいた。
少年をやめた仲間は、もう誰が誰なのかさえもわからなくなっていた。
見分けるのは不可能で、そしてその必要性さえも感じなくなっていた。
彼らの発する言葉は、より簡素で味気なくなっていった。
ひとり出遅れた僕にとって大人は、もはや死者と同義だとしか思えない。生き生きして、やわらかな生命力に溢れていた仲間は、失われてしまった。
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