0人が本棚に入れています
本棚に追加
マネッチア/沢山の話
「君のことは教えてくれないの?」
図書館は、子供心を掻き立てるガラスのドームだ。小さいころは、割れないのかと心配だったけれど、今はこのドーム型のアワのなかにまたドームがあるのが、面白くてたまらない。
本棚までガラスでできているから、向こうの本が透けて見えて頭がくらくらする。こんなに楽しい場所なのに、今や大人になるのに狂った仲間は、ひとりも見当たらなかった。
彼は、ツイストは両肘をついて、僕に笑いかけた。
僕の不安もやさしく包み込まれ、消えてなくなる。天使と言っても過言じゃないくらい、この上なく清らかでやさしい笑顔だ。
「子供にはなんにも教えてくれない。この水疱は窮屈だよね。事実、僕もそんなに詳しいわけじゃないんだ。ねぇ、君の名前が知りたいな」
と幼さを残した心地よいソプラノで、つらつらと言葉を並べた。
僕は少し考えてから、答える。
「チア。本名はもう少し長かった気がするけど、忘れちゃった。だって誰も呼んでくれないんだもん」
「残念だね。覚えていたなら、僕が呼んであげたのに」
と彼は心底残念そうな顔をした。
そんなに悲しまれるだなんて思っていなくて、僕は慌てて話題を変える。名前を忘れただなんて話は、僕にとってはさほど重要なことでもなかった。
「ツイストは大人じゃないんだよね?どうやって外に出たの?」
「僕のことはそのうちわかるよ」
彼は笑顔を崩さすに言った。
「……なんで?」
「誰もが否応なくやがて羽化を迎えるからさ。焦っても、逆に拒んでも、避けられないことなんだ」
ツイストは無表情に言った。彼は、大人になればわかることだと僕をはぐらかした。
「おもしろくない」
「そうだね。でも抗えない」
ツイストは僕から目を反らし、ガラスの向こう、アワのずっと先をじっと見ていた。つられて見ても、僕には何も見えなかった。
「まもなくこの水疱は消失する。もう皮膜が薄いんだ……」
「じゃあ出られるの?」
「出られる。そして自由を与えられる」
死ななければね、とツイストは笑った。顔を歪めた。
綺麗な人だと僕は思った。
最初のコメントを投稿しよう!