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ずっと先
「……ツイスト?」
ツイストはゆるやかに曲がったガラスに両手で触れて、怪訝な顔つきでアワを見ていた。
それだけで、僕のささやかな喜びはしゅんと縮んでしまった。外に出れるということよりも、彼のその表情に惹かれた。
「羽化。それは秩序の歪みを加速させる」
知っている?と彼はゆっくりと振り向いた。
僕は彼のうしろで、あの蒼い膜が薄れてそして頂点から降りてくるのを見た。
え?
「ツイスト」
僕の呼びかけに彼は微笑んだ。
沸き立つのは紛れもない畏怖の念。最初に感じたあの感覚だった。
膜の弾けたところから、白いもやがゆっくりと落ちてくる。それはまだずっと遠くなのだけれど、未知への恐怖に押し潰されそうになる。
僕はツイストの肩を掴んだ。
「僕は羽化なんてできない!」
「落ち着いて、僕の話を聞くんだチア」
彼は僕の手をそっと払い、
「想うんだ、翅を。そうして子供なんて捨ててしまえ。好奇心なんて、」
あの毒の霧と一緒だ。
ツイストの口からこぼれたその言葉を、僕は飲み込めなかった。彼はつまらない大人なんかじゃない。それは確かなのに、どうしてこんな……。
こんなひどいこと言うの?
僕は彼の制止も聞かず、図書館を走り出た。ハッとして見上げても空にはあの揺れる水面はなく、乳白色の雲がゆっくりと迫っていた。
それがどれほど僕の子供心をゆさぶり、掻き乱したことか。恐怖は好奇心にうって代わり、僕はツイストと出会ったとき以上の歓喜に包まれた。
そして久しぶりに仲間のことを思い出した。きっとみんなも喜んでいる。ああ大人になれたと、ああこれで自由だと。
世界に歓迎されてる。はじめてそう感じた。本当の自由にありつけた。幸せだと、心から思った。
ああそうだな、今ならなんでもできる気がする。
今なら。
今なら翔べる。
あの雲の先に。
僕はやっと、あのときツイストが見ていたものを見た。
視界が、まっしろだ。
それでも見えたものがある。
好奇心のその先。もっともっと見えるべきだったもの。彼には見えていて、僕には見えなかったもの。
――。
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