3.私達の天国

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3.私達の天国

 閻魔の気配が完全に去ると、ダニのダニーが憤懣やるかたないといった様子で口を開いた。 「なーにが『それじゃあ、君達は通常業務に戻ってくれ』ですか。私達は皆さっきまで夜勤だったんですよ? 馬頭(めず)の奴、革命前は王制を倒した暁には勤務時間を九時五時にするって約束したくせに、結局私達は昼も夜も働かせられてるじゃないですか!」 「閻魔大統領に選出されたからって調子に乗ってるんですかねぇ?」  蚤のピコも口を尖らせる。 「いえ、奴の支持基盤である多数派の鬼達は、実際に九時五時勤務で許されていますよ。私達みたいな蟲は地獄では少数派だから、無視しても構わないと思われてるんですよ。ああ、可哀想な私!」  蚊の希臘美麗女神(ヴィーナス)はそう言って嘆いた。 「革命が成功したらホワイト地獄になると信じてたのに、労働環境がホワイトになったのは鬼達だけ。結局私達蟲にとってはブラック地獄のままじゃないですか!」 「ああ、可哀想な私!」 「王制と戦う時は『種族は違えど同じ地獄の労働者同士、手を携えてともに閻魔大王の暴政を打ち倒そう!』とか調子の良いこと言ってましたけど、結局、あいつらは私達を対等な存在とは見ていないんですよね」 「ほんと可哀想な私!」 「革命前は、協力してくれたら地獄の番犬の血を吸い放題って約束したくせに、後になってやっぱり犬が可哀想だから駄目とか言って約束を反故にしましたしね」 「なんて可哀想な私!」  蟲達は口々に現政権への不満をぶちまけた。  やがて、それまでは静かに他の蟲達の意見を聞いていた蜘蛛が、徐に口を開いた。 「皆さん、どうでしょう。いっそ次は邪魔をせず、元・閻魔大王をここまで登らせてしまうというのは。今は息を潜めていますが、鬼達の中には未だそれなりの数の王党派が残っていると聞きます。元・閻魔大王が無間地獄の底から這い上がってきたとなれば、彼らはその機を逃さず立ち上がることでしょう。そして現政権と王党派をぶつけて潰し合わせ――」  そこで蜘蛛は、にやりと笑った。 「漁夫の利を得た私達が、この地獄を蟲の天国にするのです!」 「蟲の天国!」  蟲達はいっせいに賛同の声をあげた。 「そうだ、もう鬼どもに地獄は任せられない! 私達の手でここを蟲の天国にするんだ!」 「蟲の天国万歳!」 「ああ、可愛い私!」  仲間達の歓声を浴びながら、蜘蛛は眼下の無間地獄で獄卒に痛めつけられている元・閻魔大王を見下ろした。 「ふふふ、どうやら、ある意味では本当にあなたに助けられることになりそうですね」  蜘蛛のその呟きが、遙か下方にいる元・閻魔大王の耳に届くことは、もちろんなかった。
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