ひとりぼっちのひまわりと夏のお日様

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 俺は一人で家の前にある公園に向かった。公園の片隅に一輪の向日葵が咲いていた。背丈の低いミニ向日葵の花だ。  その時……。  ほんの一瞬、俺には見えたんだ。  小さな女の子が……。    でもその子の髪型はおかっぱではない。  頭にはニットの黄色い帽子を被っていた。ニット帽には向日葵の刺繍が施されていた。 「ひまわりちゃん?」  その女の子はゆっくりと振り返った。  二重のぱっちりした目は、あの時のひまわりちゃんと同じだが、唇の色は白っぽくて肌の血色も悪い。  俺は幽霊を見ているのだろうか……。  幽霊でもいい。君に逢いたかったよ。 『あなたが夏陽君ね? 友達になってくれてありがとう』  女の子がニッコリ笑った。  俺は女の子に手を伸ばす。 「……ひまわりちゃん!」  その女の子の姿が消えて、俺の目の前には向日葵の花の前にしゃがみ込み、向日葵を眺めている一人の女性の姿と重なった。  あれは……。  目の錯覚だったのか……。  この髪の長い女性は誰……?  女性はすくっと立ち上がり、ポツリと呟いた。 「今年は長雨や台風が続いて、もう咲かないかと思ったけど咲いてよかった」 「……あの、君は?」  女性は振り返り俺に会釈した。  容姿はすっかり変わってしまったが、目元はあの頃の面影が残っている。  ひまわりちゃん!?  いや、そんなはずはない。  ひまわりちゃんは亡くなったのだから。  さっき見た女の子は俺の幻想?  それとも本物のひまわりちゃんの幽霊?  だとしたら、この女性も幽霊……!?  思わず女性の足元に視線を落としたが、女性は白いサンダルを履いている。 「こんにちは。山谷ひまわりに心のこもったファンレターを下さりありがとうございました。直接逢ってお礼を申し上げたくて、遅くなり申し訳ありませんでした」 「えっ? あなたは……」  出版社の担当者が、ひまわりちゃんの家族にファンレターを渡してくれたんだ。 「私は山谷すみれです。ひまわりの双子の妹です」 「双子の妹さんですか。どうりであの頃のひまわりちゃんと目元がそっくりだと思いました。あまりにも雰囲気が似ているのでちょっと驚きました。さっきほんの一瞬ですが、黄色いニット帽の女の子に見えて焦りました」  女性は驚いたように目を見開いた。 「黄色いニット帽? それ向日葵の刺繍がありましたか? もしそうなら……、それはひまわりです。ひまわりもここに来ていたのね。きっと自分であなたにファンレターのお礼が言いたかったんだと思います。ひまわりらしいな」  えっ……。  あれは幻想や幻覚ではなく、本物のひまわりちゃん……!? 「あ、あれは……そうだったんですか。でもまるで初対面みたいな口調でした。子供の時に何度も遊んだのに……」  女性はクスリと笑った。 「話もしたんだ。きっとひまわりは毎年ここに来ていたのね。でも成長したあなたは公園の片隅に咲いた向日葵の花には気付かなかった。気付いてくれたのは可愛い女の子だけでした」 「……すみません。それ、俺の妹です」 「そうでしたか。優しい妹さんですね。ひまわりも見ていたのかな」 「あっ、家はすぐそこなので約束していたひまわりちゃんの手紙を持ってきます」 「いえ、その手紙は見なくてもわかります。ひまわりが楽しそうに描いているのを病院で見ていたから。あの絵本も私の話を聞きながら、ひまわりは楽しそうに書いていました。私が一番最初の読者ですから」  それってどういうこと?  ひまわりちゃんはあの時、もう入院していたってこと?  だとしたら、一緒に遊んでいた女の子は……?
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