2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
その日、私はいつもよりも早く帰宅した。
「ふんふんふん~」
鼻歌を歌いながら、いつもよりも上機嫌にバッグを床に置く。
そしてビニール袋から、値引きされていた期間限定のチョコ菓子とパックのミルクティーをだした。
お菓子を前に私はニンマリとする。
そのお菓子はいつもの3倍くらいの値段で、手を出そうか迷っていたものだった。
さっそく食べようとした時、全身に悪寒が走った。
そして後ろから突き刺さるような視線を感じた。
おそるおそる後ろを振り返る。
私の部屋は今時珍しい畳敷きで、古めかしい押し入れがある。
その押し入れの隙間から、血走った目がこちらを見ていた。
「ヒッ!」
自分の口からひきつった声がでた。
その押し入れの「何か」は、こちらに向かって、骨張った腕を伸ばしてきた。
「それ、1つ、ちょうだい」
「何か」が指していたのは期間限定のチョコ菓子だった。
「ど、どうぞ…」
震える声でなんとか返事をする。
「何か」は押し入れを開け、ズルリ、ズルリと床を這いながらこちらに向かって来た。
それは床に着くほど長い髪をしていて、薄汚れた布を纏っていた。
「ヒッ!」
逃げたくなるが、体が固まって逃げられない。
「何か」は骨のように細い指を震わせながら、チョコ菓子をつまみ、ギザギザの歯が生えた口に運んだ。
「おい、しい」
「そ、そうですか…」
そう言うのが精一杯だった。
そして「何か」は震える指で、1つ、また1つとチョコ菓子をつまむ。
顔がひきつった。
(こいつ、1つと言いながら、それ以上食べやがる…)
「それ、も、ちょうだい」
「何か」が指さしたのは、ミルクティーだった。
「ダメです!他の用意するから、これはダメです!」
私が必死に抵抗すると、「何か」はシュンとうなだれた。
少しかわいそうになったが、ミルクティーは譲りたくないので、私は冷蔵庫に向かった。
ペットボトルの麦茶があったので、それをコップに入れて、「何か」の前に出す。
「あり、がと」
お礼を言って「何か」はコップを掴んで麦茶を飲む。
少し床にこぼしていたが、見ないことにする。
このころには、私も落ち着いてきたので、楽しみにしていたチョコ菓子をつまんだ。
ただ、味には集中できなかった。
チョコ菓子の半分以上を食べた後、また、ズルリ、ズルリと押し入れの中に入っていった。
「また、来る」
私は笑顔で見送りながら、心の中で叫んだ。
(もう、来るんじゃねー!!)
今度、期間限定のお菓子を食べる時は外で食べることを誓った日だった。
最初のコメントを投稿しよう!