押し入れから…(ロングバージョン)

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 その日、私はいつもよりも早く帰宅した。 「ふんふんふん~」  鼻歌を歌いながら、いつもよりも上機嫌にバッグを床に置く。  そしてビニール袋から、値引きされていた期間限定のチョコ菓子とパックのミルクティーをだした。  お菓子を前に私はニンマリとする。  そのお菓子はいつもの3倍くらいの値段で、手を出そうか迷っていたものだった。  さっそく食べようとした時、全身に悪寒が走った。  そして後ろから突き刺さるような視線を感じた。  おそるおそる後ろを振り返る。  私の部屋は今時珍しい畳敷きで、古めかしい押し入れがある。  その押し入れの隙間から、血走った目がこちらを見ていた。 「ヒッ!」  自分の口からひきつった声がでた。  その押し入れの「何か」は、こちらに向かって、骨張った腕を伸ばしてきた。 「それ、1つ、ちょうだい」  「何か」が指していたのは期間限定のチョコ菓子だった。 「ど、どうぞ…」  震える声でなんとか返事をする。  「何か」は押し入れを開け、ズルリ、ズルリと床を這いながらこちらに向かって来た。  それは床に着くほど長い髪をしていて、薄汚れた布を纏っていた。 「ヒッ!」  逃げたくなるが、体が固まって逃げられない。  「何か」は骨のように細い指を震わせながら、チョコ菓子をつまみ、ギザギザの歯が生えた口に運んだ。 「おい、しい」 「そ、そうですか…」  そう言うのが精一杯だった。  そして「何か」は震える指で、1つ、また1つとチョコ菓子をつまむ。  顔がひきつった。 (こいつ、1つと言いながら、それ以上食べやがる…) 「それ、も、ちょうだい」  「何か」が指さしたのは、ミルクティーだった。 「ダメです!他の用意するから、これはダメです!」  私が必死に抵抗すると、「何か」はシュンとうなだれた。  少しかわいそうになったが、ミルクティーは譲りたくないので、私は冷蔵庫に向かった。  ペットボトルの麦茶があったので、それをコップに入れて、「何か」の前に出す。 「あり、がと」  お礼を言って「何か」はコップを掴んで麦茶を飲む。  少し床にこぼしていたが、見ないことにする。  このころには、私も落ち着いてきたので、楽しみにしていたチョコ菓子をつまんだ。  ただ、味には集中できなかった。  チョコ菓子の半分以上を食べた後、また、ズルリ、ズルリと押し入れの中に入っていった。 「また、来る」  私は笑顔で見送りながら、心の中で叫んだ。 (もう、来るんじゃねー!!)  今度、期間限定のお菓子を食べる時は外で食べることを誓った日だった。
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