【第一部】 《第一話・強くなりてぇ ~神聖空手編~》

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【第一部】 《第一話・強くなりてぇ ~神聖空手編~》

七月の猛暑――。 新宿・渋谷・銀座など繁華街の電光掲示板に、文字が流れると、東京の日常の風景が一変した。 「借金大国・国債大暴落の日本は、自力での経済再建を断念」 悲鳴に似た声とともに、街中で「号外」が配られる。 その見出し、 「日本国・経済破綻。主権国家としての権利を放棄」 街の大型TVのニュース。アナウンサーが興奮気味に、「肥大し続ける財政赤字から抜け出せない無能な日本政府に対して、国際世論の風当たりが厳しくなる中、見かねた米国が内政干渉した結果、日本国はアメリカ合衆国第51番目の日本 州となり……」 人々は呆然と立ち尽くして、それらの文字や画面を眺めていた。 新宿の歌舞伎町や渋谷・六本木などの繁華街は、悪酔いした若者たちが路上に戯れて乱痴気騒ぎしていた。 若者  「うわっははは~日本がなくなったんだぜ」     「俺たちゃ何人だ?」     「アメリカ人だってよ」     「ろくに英語も喋れねぇのにか?」     「こうなったら、混乱しているこの時期に好き勝手なことやろうぜ」 夜9時頃、都内の静かな住宅街――。 暗い路地から女性の悲鳴が聞こえた。     「キャァー、助けてぇ」     「静かにしろ。騒ぐと殺すぞ」 同じ頃、不良少年グループが、酔って帰宅する中年男性を後ろから襲った。 身動きを取れなくしてスーツの内ポケットから財布を奪い盗る。 そして逃げた。(彼らはマスク、サングラス姿やニット帽など) 夜の歌舞伎町、の雑踏を独り歩く『赤柳一心太(あかやぎいっしんた)』(17才)は、180センチ・90キロの体躯で、狼のような鋭い眼光を放っていた。古くてボロボロの白いTシャツ、デニムパンツ姿。 歩道の隅を彷徨うように、彼は漂っていた。そんなとき、ある路上の占い師と目が合った。仏のような占い師は微笑した。そして手招き。 赤柳  「ん?」 吸い寄せられた赤柳は、いつの間にか占い師の前に座っていた。 赤柳  「お金はもっていないが……」 占い師 「構わん。君の背後に魔物を見た」 赤柳  「?」 占い師 「突如、魔物というウイルスに感染した君は、現世の魑魅に翻弄されている。それは君に宿った天命で、トラブルに見舞われるその宿命を回避することはできないであろう」     「人間は自分が持って生まれた運命には逆らえないから、上手く共存していく必要がある。つまり、変えることはできんのだよ」 「魔物は悪霊かもしれないが、それを背負い込んだ君は好むと好まざるに関わらずトラブルメーカーとなって、周囲を巻き込んでいくであろう。恐ろしいものを背負い込んでしまったものだ」 赤柳は過去を振り返った。 赤柳  「そういえば……気づいたら養護施設で育っていた俺は、物心ついたときから孤独だった……誰も俺には近づきたがらなかった……」 そして赤柳は立ち上がると、ふらっとまた彷徨った。 赤柳  「さて、僕はこれからどうやって食っていけばいいんだ?」 孤児の赤柳は、児童擁護施設から逃げ出したのだった。 あり余ったエネルギーを何かに求めて、この歌舞伎町へやってきたのだった。 教養がなかった彼は、自分の持って生まれた力に頼る他はなかった。 恋人同士や若い男女がたむろする周囲と、彼のコントラストの違いは明らか。 歌舞伎町の路地を徘徊しているホームレス『真合(まあい)』(60歳)は、居酒屋の脇に置いてあるビールケースの中の空瓶を持つと、少し残っているビールを飲み干した。 満足気な真合を、通りすがった若い男たち三人がからかった。 A   「こいつ臭ぇ~」 B   「てめぇ、乞食なんかやってないで、ちゃんと仕事しろよ」 C   「っていうか、定年の歳じゃね?」 B   「家庭も持てない社会の負け組(ドロップアウト)なんだし、この先生きてても良いことなんか何もないんだから、死ねばいいんだよ」 そんな彼らの言葉を無視して、真合は歩き出した。 C   「この爺、シカトしやがった」 Aがホームレス・真合の腰をスニーカーの裏側で蹴る。 すると、真合は倒れた。 A   「あ~、俺の靴の裏が汚れたぜ」 赤柳は真合を抱きかかえると、そのまま彼を三人から遠ざけた。 赤柳  「大丈夫ですか?」 真合  「ありがとう」 真合は、逃げるように去った。 赤柳は三人をにらんだ。すると三人は、その眼光の鋭さ・身体から発する凄さに驚いて、その場を離れた。「何か、危ねぇ野郎だな」「マジ、ヤバそう」 赤柳  「今度は、お前らがシカトか」 そして赤柳は、三人とは逆方向に歩き出した。 赤柳  「結局俺は、誰からも相手にされないんだ」 赤柳の生い立ちと境遇から来る、彼の現状の想い……。  字幕  物心がついたら俺は、天涯孤独の身に気づかされて施設で育っていた。     強くなりたいと思ったのは、何も与えられなかった俺の怒りと、外敵から身を守る防衛本能だ。 歌舞伎町、映画館の外観――。 『ドキュメント実録 獅子と闘う神聖空手』のタイトルとともに、獅子の頭部(こめかみ)に正拳突きを当てる空手家・真田(さなだ)真(まこと)(33才、178センチ・85キロ)の看板が衝撃的な印象。 暗い館内……映画のシーン。 広い草原に、檻の中の雄ライオンが野に放たれると、その鋭い眼光は一点を見据えた。 空手着姿の真田が、何処からともなく歩いてきた。 獅子と真田が向かい合う。獅子が前足で、けん制しながら吼えた。 真田は周囲を、足(フットワーク)を使って回る。しかし突然、獅子は飛び掛かった! 真田、捨て身の飛び後ろ回し蹴りを(獅子の)胸に決めた! そしてパンチの連打を顔面に決め、倒れ血だるまの獅子に止めの一撃! ……獅子が力尽きた。 返り血で道着を赤く染め、真田は達成感に浸る。 スクリーンに『完』の文字。 館内は1/4程度の客の入りで、最後列の真ん中にドカッと腰を下ろし腕組みをしている赤柳は、身を乗り出して拳を握り締めていた。 赤柳  「世の中にこんなスゲェ奴が……本当にいるのか?」 と、トイレで小便をしている赤柳に不気味な影が迫った❢❢ 相手は六人いた。みんな金属バットを持っていた。 先ほど赤柳に慄いたAが、六人にすがるように吐露した。 A   「アイツですよ。俺たちをナメた野郎は」 リーダーの宮(みや)が人差し指で手招きした。 宮   「オイ、ここじゃ防犯カメラがあるから、トイレへ来い」 ぞろぞろとトイレへ入る7人だが、いきなり宮の襟首を掴んだ赤柳は、個室へ引っ張り込んだ。そして、他の5人が入る前にドアを閉めた。 赤柳  「この中じゃ、バットを振り回せん」 しかし、ドアの外から5人がバットでドアを殴打した。壊さんばかりに。 赤柳は襟首を両手で掴んだまま、宮の首を締め続けた。 泡を吐く宮だが、ついに5人はドアを壊した。だが、赤柳は宮を盾にして壁を背にした。 赤柳  (頭を撃たせたら即死❢❢) 赤柳は宮を5人に向けて放り投げた後、後頭部を両手で庇いながらトイレから逃げた。その途中で背中や腰を殴打されたが必死で逃げた。歌舞伎町の公園まで命からがら逃げた赤柳は大息を切らし、涙を流しながら自分の弱さに涙した。 赤柳  「なぜ逃げた❢?」 その公園には、ホームレスの真合がいた。 真合  「あんたは?」 時間の経過。 薄暗い公園の灯りの下で、赤柳は逃げた事情を説明した。 真合  「そうか、しばらくはここから離れたほうがいい」 殴打された赤柳は、腰と片足を庇いながら歩き始めると、真合は肩を貸した。 赤柳  「ありがとう」 新宿にある江戸川・河川敷に赤柳は行った。そこで真合は野宿していた。 周りにも、ところどころ野宿している人たちがいた。 真合  「この辺が、いつも私が寝床にしている場所だよ。 傷が癒えるまでここにいるといい」 真合は、手さげ袋からプラスチックの容器(パック)をとりだした。容器は3つあって、中にはゴミ箱から漁った残飯が入っていた。 真合  「結構、美味しそうなものがあるじゃろ」 赤柳  「こんなのが棄てられているとは」 真合  「世の中、狂っている証拠だよ。みんなお金を得るために働いているが、それは生きるため。つまり、食べるために働いているんだ。      その食べ物を……」 ※日本は一人あたりの食物廃棄量(フードロス)は世界6位(アジア1位)の643万トン。 赤柳の腹が鳴った。グググぐぐぅ~❢❢ 真合は笑った。 頭をかきながら、赤柳は照れ笑い。 赤柳  「いやぁ」 真合  「体は正直だね」 赤柳  「三日間、何も食べていなかったんで」 真合  「その体で……? さっ、遠慮なく食べて」 赤柳  「でも、これは真合さんがせっかく調達したもの」 真合  「その気になれば、いくらでもどうにでもなる。 東京はホームレスや行き場を失った人に 炊き出しをやっている場所もあるし」     「欲や見栄を捨てて、生きていくためだけに固執すれば、 色んなものが見えてくる」 時間の経過。 赤柳は、イビキを掻いて寝ていた。 真合はそれを見て嬉しそうだ。 真合  「腹が満たされ、安心した証拠だ」 翌朝。 ビニールの敷物の上に寝ていた赤柳は、目覚めると大あくびをしながら背伸した。 真合  「別れのときが来たようだ」 赤柳  「えっ?」 真合  「君は、いつまでもここに居てはダメだ」 赤柳  「俺は、あなたにも拒否された?」 真合  「違う。君は普通の人間とは活力源(エネルギー)が違う。 お陰で私は凄いパワーをもらったよ」 真合は立ち上がると、ビニールを畳んで(そこに置くと)、歩き出した。 真合  「ついて来るといい」 赤柳  「どこへ?」 真合  「……」 赤柳と真合は大手町の雑踏にいた。 周囲は、大手企業のサラリーマンたちが出勤していた。赤柳たちの横を歩く彼らはチラ見しつつ、無関係とばかり通り過ぎた。 そんな中で、真合はあるビルの前で腰掛けた。 赤柳  「疲れたんですか?」 真合  「いや、待ってるんだよ」 赤柳  「誰を?」 ビルは銀行の本店で、若い行員が困ったように真合を払おうとした。 行員  「あのう、ここから離れてもらえますか?」 銀行の前にハイヤーが到着した。 運転手が降りて後部座席のドアを開けると、中から頭取が降りてきた。 行員が直立不動で迎え入れる。 行員  「頭取、おはよう御座います」 と、頭取は真合を見て一変した。 頭取  「これは、真合さん。前回いただいた半導体の関連株の件です?」 との問いに、真合は違った話を持ちかけた。 真合  「いや、米国の金利がこれ以上、 上がるとどれくらいまで円は安くなるかな?」 真合と頭取は立ち話を続けた。 そして、一段落すると真合は手を振って頭取を背にした。頭取は深々と一礼。 真合はそのままATMへ。そして、100万円を赤柳に手渡した。 赤柳  「いや、知り合ったばかりの人に、こんな大金を受けるわけには……」 「それより、真合さんって何者なんです?」 真合  「今の世の中、ビジネスで成功したものが一番偉いという風潮がある。      しかし、それは人格とは無関係」     「とはいうものの、あなたにホームレスのような思いはさせたくない。この金は生きていくために使ってくれればいい」 というと、その場を立ち去った。 その背中を見ながら、 赤柳  「俺の本来の目的のために使おう」 赤柳は、ペットショップへ立ち寄った。 赤柳は土佐犬の頭を撫でると、笑顔を見せた。犬も彼の顔を舐め回した。 赤柳  「これください」 店主  「これは中型の、まだ子供です。 土佐犬は日本最強の闘犬ですから、放し飼いは絶対に止めてください」 彼は、鎖で犬を引き連れて歩いた。その異様な風景に、周りの人たちも避けるように歩いた。 『神聖皇帝会・総本部道場』が、東新宿オフィス街のビル3・4階にテナントとして入っていた。4階は、事務所兼ロッカールーム。3階が道場。 赤柳は、犬の鎖を道場の敷地内の金具にかけると、道場へ向かった。 そして事務所で道着を購入した。 ロッカールームで着替えた赤柳は、拳を握り締めた。 赤柳  「俺は強くなる。絶対この世で、一番強い男になってやる❢」     「そして、世間を認めさせてやるんだ❢❢」 道場は40畳で、正面に神棚と端に太鼓。(いかにも重厚な道場の雰囲気) 片面鏡張り、後方にサンドバッグ大2個・中1個、バーベル、ダンベルセットやベンチプレス台等。 稽古前の道場に入ってきた赤柳に、指導員の「安岡真太郎」(30才)が渇。 安岡  「新入りの赤柳君か」 赤柳  「はい、赤柳一心太です。よろしくお願いします」 安岡  「返事は押忍だ」 赤柳  「お・・押忍❢」 安岡  「先輩の言うことは、絶対の空手の世界だぞ」 赤柳  「押忍❢」 30名の練習生が、基本稽古を開始しようとしていた。 獅子殺しの真田師範が、陣頭指揮に立っている。(カリスマ的でいかにも強そうだ) 真田  「正拳中段突き、五百本」 最後列の端(入口側)に、白帯姿の赤柳がいた。 赤柳  「押忍ッ」「ウォ~スッ」(他の道場生たちも、嵐のような叫び声) と懸命に声を出す赤柳は、汗を流しながら真田の拳(異様な拳ダコ)を見て興奮した。 赤柳  (あれが獅子殺しの拳か……) 神棚の横に「神聖訓」の張り紙。 『一撃必殺の信念を元に、獅子をも恐れぬ鋼鉄の意志と鉄拳を培う事をここに宣言する』 神聖空手の基本稽古の立ち方として右足を前に出して構えるため、いわゆるサウスポーの体勢であった。 これから赤柳は、空手の稽古の矛盾を感じることになる。 安岡は、竹刀を片手に練習生の腹や太股を叩いて気合いを入れて回る。 赤柳  (しかし、右足を前に出してるから何か不自然だよな……)と、戸惑う。 赤柳は太股を叩かれると歯を食い縛るも、安岡に質問した。 赤柳  「あの…自分は右利きなんで、左足を前に出したほうがやりやすいんですけど」 安岡  「これが基本だ。空手は何所(どこ)の流派でも、基本と実戦では立ち方が違う場合が多いんだ」 赤柳  「押忍」 しかし、赤柳は疑問を隠すことはできない。 赤柳  「でも、実戦の組み手の時は右構え(オーソドックス)だし……何で左(サウ)構え(スポー)になる必要があるんだぁ?」     「人によって右利き・左利きがあるにもかかわらず一律に同じ立ち方とは、どう考えてもおかしい」 赤柳の疑問を、字幕で紹介。 字幕  たとえばボクシングならば実戦では右構えの選手が、基本のシャドーでは左構えでやるのと同じ理屈ではないのか?    実戦とは違う立ち方をすることは如何(いか)なる効果があるのか……果たして、それを説明することはできるのか? 基本稽古は「手刀膵臓打ち」――。 手刀を首の後ろから前方に大降りに振りかぶって、膝の辺りで止める打ち方。 真田  「手刀膵臓打ちぃ~」 道場生 「押忍❢」 真田  「膵臓は、生死にかかわる重要な臓器だ」 (手刀で膵臓を打つという練習は、極真の「脾臓打ち」に対する皮肉。私も内弟子時代、脾臓がどこにあるか知らす、また誰からも教えられることはなかった) 赤柳  (膵臓がどこにあって、どう打ち込めば効果的なのか分かってやっているのか?) 基本は「蹴り」へと進んでいた。 回し蹴り。手は顔面をガードしながら、その場で右足・左足と交互に蹴る。 安岡  「蹴った足は素早く引けョ~」     「引きが遅いとキレがなくなるし、蹴りを掴まれる恐れがあるぞ」 赤柳  「それなら何で「突き(パンチ)」は止めるんスか?」 安岡  「だから、これが基本なんだよ❢」 赤柳  「押忍、すいません」 移動稽古。 前屈立ち(中腰の体勢で左右交互に足を前に出して、直進する。前足に体重をかける)による、突きや蹴りを繰り返した。 拳の位置は、基本稽古と同じく脇の下から前へ突き出す。 赤柳  「こんな単調な直線の動きは、実戦とは無関係……」     「実戦と同じ動きをしてこそ、基本・移動稽古の意味があるんじゃ❢?」 続いて自然体(組み手の構え)によるワン・ツー。 真田  「次は、自然体の構えからのワン・ツーだぁ」 道場生 「押~忍」 赤柳  「これは、いわゆるボクシングのワン・ツー……」 赤柳は大汗をかきながらワン・ツーを繰り返すが、またしても大いなる疑問。 赤柳  「今までとは拳の位置や腕の運びが違うし、突いたら素早く顎をガードしろという。さっきまでと違う」     「おまけに「基本」とは立ち方が違うから当然フォームも変わってくる……矛盾だらけだ❢❢」 赤柳は、真田のカリスマ性に疑問を感じた。 時間の経過。 道場生は鏡側に二列に並んで、あぐらをかいて座っていた。 道場生たちはそれぞれ大汗を掻き、息を乱していた。 一息つける安堵感が漂うも、次の組み手に対する緊張感が同居している。 道場生 (やっと休める)     (次は、いよいよ組み手か……) といった想いで緊張感が漂う。 真田は一人立って、全員を見渡しながら、     「組み手に入る前に、今日入門をした者は自己紹介をしてもらうから、こちらへ来なさい」 赤柳は、元気良く返事をして立ち上がった。     「おっ、押忍ゥ~」     「自分は赤柳一心太と申します」というと、そのまま道場を出て行った。 真田  「ん……どうした?」 指導員の安岡は座ったまま、     「押忍、あいつあんまりキツイんで帰ったんじゃないですか」     「稽古中もブツブツ独り言をつぶやいてましたし……押忍」 道場生たちから、クスクス笑い声が漏れた。 真田も微笑した。 真田  「危ない奴だな…フフ」 そこに、開いたドアから赤柳が姿を見せた。 赤柳  「自分も獅子(ライオン)を殺せるぐらい強くなりたいっス❢❢」 真田以下、道場生たちが驚愕。 なんと、土佐犬が道場に入ってきた。 赤柳  「でもその前に闘犬(こいつ)と闘ってみて、あの映画の強さをこの目で見たい」 犬は鎖を引きちぎらんばかりの勢いで、真田を威嚇した。 上半身裸の赤柳は、怪力で引き止めていた。 犬の顔は恐ろしく、爪、牙、口からよだれ。 真田は腰を抜かさんばかりに、赤柳に必死で訴えた。 真田  「おい、頼むから絶対に手を放すな❢」 と、腰を抜かさんばかりに懇願した。 東新宿警察署――。 取調室では、警察官A・Bも顔を見合わせて、あっけにとられていた。 A   「40キロの中型犬」 B   「マジ? 暴れてたら、どれだけ死んでるか」 そして赤柳に、 B   「人間の骨なんて、粉々に噛み砕くんだよ」 赤柳  「でも、映画で獅子を殺した実力を、この目で見たくて」 A   「あれか……」(AとBは顔を見合わせた) B   「映画のライオンね、※ジアゼパムを注射したものなんだ」 ※ 眠気を催す精神安定剤。動作が緩慢になり、フラフラしてくる。多量に投与すると、死に至らしめる。 A   「しかし、蹴っても殴ってもびくともしないし……」 B   「危険を感じた狙撃隊が射殺したのを乱打して、獅子殺しだ」 「その後、動物愛護協会から訴えられている」 時間の経過。 赤柳が生活する施設の加賀園長が、身元引受人として警察署にきた。 『青空学園』という、家庭に恵まれない子供たちの施設の園長である「加賀一郎」(54)は、165センチの小柄だった。 園長は、赤柳の境遇を取調室の前で、警部補に説明した。 警部補 「施設で生活してたんですか。天涯孤独の身……」 園長  「犬は、私の施設で引き取ります」 時間の経過。 取調室に、警部補と加賀園長が入ってきた。 警部補 「※柄(がら)受けを連れてきたぞ」 ※ 身柄引き受け人。 赤柳  「園長さん」 園長  「怪我人が出なくて、良かった」 園長は焦りながら、ハンカチで額を拭いていた。 園長と署を出る赤柳の、格闘技に対する好奇心は次に向かっていた。 犬の鎖を持つ園長。 赤柳  「園長さん、すいません。施設を出たのは、獅子殺しの映画を見たかったからです」 園長  「それでそのまま、空手を始めたのか」 赤柳  「はい」 と赤柳は返事をすると、園長に頭を下げた。 赤柳  「今度はキックボクシングを体験します」 園長  「おい、一緒に帰るんだぞ」 しかし、赤柳は走って逃げた。彼は懲りることなく同じことを繰り返すのだった。 そして、赤柳は同じ手足を使う格闘技である「空手」と「キック」の違いを知る。 END。
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