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第二話・強くなりてぇ☆~GK(ジーケー)編~
都内、住宅用マンションが建ち並ぶ中、鉄筋二階建ての住宅兼ジムがあった。
一階がジム、二階が選手の寮になっている。
『邪道空手&キックボクシングクラブ』の看板。
道路側は一面ガラス張りで、練習を見学できる。
10人の選手が、思い思いに練習をしていた。
シャドー、サンドバッグ打ち、ミット打ち、縄跳び、ストレッチ、バーベルなど。
165センチの「江(え)利(り)潤(じゅん)」会長(30)は、ヒールのままサンドバッグをハイキック
で豪快に蹴った。
そして、何事もなかったように腕を組んでリング上を見た。
取材記者「新田幸一」(36)は、リング下で腕組む江利会長に質問した。
会長は美女空手家から、事業として空手をもっとメジャー・ビジネスにしようとキックのリングに殴り込みを賭ける野心家である。
「邪道空手」は、この時点では取材記者が1人と注目度が低かった。
しかし、その後『GK(ジーケー)・グローブ空手』として世間を巻き込む一大ムーブメントと化すのであった。
新田 「会長、邪道空手をプロへと変貌させる根拠は?」
会長 「我の空手をもっとメジャーにするために、キック界に殴り込みをかけるのさ」
新田 「その、プロ空手の理念とは?」
会長 「あくまで素手が空手なら、グローブは邪道……」
「しかし顔面パンチにこだわる理由は、空手にはない「ボクシング」の要素が加わるからだ」
新田 「それなら単にキックボクシングなのでは?」
江利会長は、意味深に微笑した。
会長 「空手を名乗るのは 生死を懸けた《武士道》という意味がある。
だが、空手とは強さだけを追求するのが本望ではない。
人生を道にたとえ、生涯を通じて己を鍛えることで切磋琢磨し、一人の人間として完成に向かうことが《空手道》の真の極意なのだ。
ゆえに我は、プロとして目先の勝ち負けにこだわるのよ」
新田 (なるほど……格闘技ファンは最強という言葉を好むがゆえに『立ち技最強』のコンセプトのもと、邪道流・プロ空手が誕生したんだ)
会長 「グローブ空手、名づけて『GK』……立ち技最強を名乗るからには、肘打ちと頭突きが有効となる」
新田 「最も危険な攻撃が許されるとは……」
と、固唾を呑んだ。
リング上には実戦(スパーリング)の準備を終えた「佐々次郎」(26)185センチ、90キロが、
赤コーナーに立っていた。
相手は、ひと回り大きい日本人「太郎」。
ゴングと同時に相手に襲いかかる佐々は、長い足を利用した鞭のようにしなる左右の回し蹴りを下(ロー)・中(ミドル)に使い分けて圧倒した。
新田は腕組みをして、取材記者らしく冷静に解説。
新田 「長い足を利用した鞭のようにしなる回し蹴りだな」
……その光景を、赤柳はジムの外からガラスに張り付くようにして観ていた。
(間抜けな顔を強調)
赤柳 「何か面白そうだな」
佐々はハイキックでKOした。
続いて二人目、三人目をジャブで圧倒して右ストレートや左フックでKOした。
新田 「キックだけじゃない、パンチも凄い」
そして、倒れた相手をよそにリング上で吼えた。
佐々 「こいつら使いモンにならねぇーよ❢」
と吐き捨てると、リングを降りて、怒りにまかせてサンドバッグを乱打し始めた。
新田 「これは、世界クラスと互角に渡り合える可能性を秘めた……
日本の逸材かもしれんぞ」
トレーナーの「木室鉄二」(32)が、ドア付近の鏡前で選手にシャドーを指導していた。
木室は頭を剃り上げ、口髭を蓄えていた。
そこに赤柳が、ドアを開いて入ってきた。
赤柳 「入門、宜しくお願いしまーす」と、頭を下げた。
木室 「おっ、ヘビーウエイトだな」
赤柳 「はい。180センチの90キロぐらいです」
木室 「その太い骨を包むブ厚い筋肉は、自然筋(ナチュラル)だな」
「日本人にゃ珍しい」
「プロ空手としてキック界に殴り込みを賭ける、邪道(うち)のホープになるかもな?」
と、まだ半信半疑で、赤柳をおだてているに過ぎない。意味深な木室の笑み。
字幕 選手をおだててその気にさせるのは、常套手段である。
赤柳 「でも「神聖」とは同じ打撃系だけど、練習方法や順序が違いますよね?」
木室は足を使いシャドーボクシングをしながら、その意味を説明した。
木室 「いわゆる「基本」は、敵を想定し足(フットワーク)を使うシャドーだ」
「あくまで実戦と同じ動きをしないと、意味がないだろ」
「そして、練習の目的は実戦が強くなることだから、シャドーで軽く準備(アップ)をしたら……」
リング内の実戦を指差して、(通常、空手は最後に実戦練習を行う)
「体力のある最初に実戦(スパー)をやるんだ。そのほうが、より多くの時間を割(さ)けるしな」
赤柳 「そういえば、神聖は最後だった」
木室は、サンドバッグを打つ佐々を見て、
木室 「それで体力を使い果たしたら、さらにスタミナをつけるためにミット打ちやサンドバッグ……と流れるわけよ」
「実戦をやらない日は、スピード&パワーを付ける工夫をするんだ」
赤柳は、木室の理に適った説明に納得した。
赤柳 「これが「プロ」と「アマ」の違いなのか」
木室 「右足を前に出して構える神聖の基本は、その考案者がサウスポーだったという説があるが……赤柳(おまえ)は初心者のくせにプロの合理的な練習方法に気づくとは」
と、感心した。
リングの新人たちの実戦をコーナーで見ていた江利会長は、ボヤく。
会長 「佐々の実戦(スパー)の相手を、どっから連れて来りゃいいんだよ」
「新人(こいつら)じゃまだ、遊び相手にもならんし」
佐々は試合が決まっていたのだ。そのポスターがジムに貼られてあった。
相手は米国の黒人で「WKA(世界キック連盟)・世界ヘビー級9位 ジェフ・ランダ―」
赤柳は後ろの佐々を指差して、
赤柳 「俺、闘(や)ってもいいっスよ」
木室は唖然と、
「お前、殺されるぞッ」
赤柳は平然と、
「同じ人間、しかも日本人でしょ」
あらぬ方を見ながら腕組みして悩む木室に、会長が一言。
会長 「通常の実戦では肘と頭は使わないし……佐々の実戦のカンを鈍らせないためにも、※軽く(マス)なら問題ないだろう」
(※ マス。マスボクシングの意味。軽く当てるやり方で、相手との距離や攻防
カンを養う)
会長 「但し、お前は思いっきり殺すつもりでやれ❢」
と、赤柳を指差した。
時間の経過。
ヘッドギアを外した佐々と、実戦の体勢の赤柳がリングのコーナーで対峙する。
木室は赤柳の口にマウスピースを入れ、
「歯型を取ったマウスピースがないから ※ゴムピースを噛んどけ」
(※口内を切らずに歯を守るためのマウスピースだが、歯型を取っていないために密着性が悪く、さらに薄いゴム製のため保護性も弱い)
そして、木室は赤柳の顔にワセリンを塗りたくる。
赤柳 「うわっ、何するんですか!」
木室 「これで皮膚を切りにくくするんだ。お前はワセリンも知らんのかッ」
新田 「空手マンからプロに転向して、世界の強豪(サムライ)に育つかもしれん奴と……ズブのド素人か」
佐々 「木室(トレーナー)には軽くやれと言われたが……俺と向かい合う野郎は手加減なんかしねぇ」
ゴング。
赤柳は両拳(グローブ)で顔の下半分を覆い、佐々はニヤリとノーガードのまま中央で向かい合った。
赤柳は、佐々の体から出る迫力を感じた。
赤柳 (向かい合って初めてわかる、コイツの迫力……)
木室 「赤(あい)柳(つ)、萎縮してやがる。無理もねぇよ」
と、含み笑い。
そして、木室は赤柳に叫んだ。
木室 「お前は、本気で攻めていいんだぞ」
萎縮している赤柳の頭の上を、佐々は右手でチョンチョンと叩き、
佐々 「オイ、何かして来いョ」
ムキになった赤柳は、思い切り右ストレート。
佐々は、赤柳の右脇腹に左ミドルをのめり込ませた!
新田 「右のパンチで空いた脇腹に、左ミドルを合わせやがった。
しかも、軽く(マス)じゃねぇ本気(マジ)だ」
木室 「まぁ、赤柳に格闘技の怖さを教えてやるいい機会かもしれんな」
右脇腹をかばうために、赤柳の右ガードが下がった。
赤柳 「う゛ッ」
そこに左ハイキックが、赤柳の側頭部を直撃した。
新田 「腹(ミドル)でガードを下げさせて、すかさず頭(ハイ)を決めやがった」
赤柳はコーナーまで飛ばされるも、踏みとどまって中腰で立っている。
そしてニヤリと、ほくそ笑んで佐々を睨んだ。
木室 「あの野郎、まだ立ってやがるぜ」
「防御(ガード)しろッ」
と、赤柳に叫んだ。
赤柳はあわててガードを堅める。
顔の下半分を両拳で覆う、昔のタイソンスタイル。
両目だけが異様にギラついている。
赤柳 (まず、ガードを堅めるんだ。顔面を守るんだ)
しかし、佐々は口笛を吹きながら近づくなり、
佐々 「それで防御してるつもりかよ?」
と、ガードの上からメッタ打ちした。打たれる度にうめき声を出す赤柳はガードしているものの、鼻血が床まで滴り、目はうつろ。
コーナーの会長はニヤリと、
会長 「素人の防御(ガード)なんて何の意味もなさねぇ……それが、ヘビー級だ」
木室 「打たれたら打ち返さねぇと、倒されるだけだぞ」
と、リングのロープを掴んで叫んだ。
苦し紛れに赤柳も左右の大振りフックを出すが、佐々はスウェーバックで外し不発。直後に佐々は、飛び膝蹴りを見舞うと、グロッキー気味の赤柳を嬉しそうにコーナーに押し込んだ。
「会長ぉ、こいつイイですよ。使えますよぉおお~」
再びパンチの連打を見舞いながら、
「適当に打ち返してくるし、呻き声も出すからリアル感抜群の……」
「最高の生きたサンドバッグだぜぇ❢❢」
うずくまり、歯を食い縛りながらも赤柳は上目使いで佐々を睨む。マジギレ!
赤柳 「俺ぁ、人間だああ、ああああ~」
会長 「タフな野郎だぜ」
と、嬉しそう。
赤柳は意識朦朧となりながらも、
赤柳 「ガァオオオオおおオオおおおお~ッ」
と、大振りしての左右スイング・フックの連打を数発放った。
しかし、佐々は闘牛をあしらう様に足(フットワーク)でヒラリとかわす。
木室 「意識朦朧とする時に、本能だけで反撃するのは技術じゃねぇー」
「これが、格闘家の魂だ」
会長 「野生的(ワイルド)というより、野獣(ビースト)そのものだな」と、微笑した。
空振りした赤柳は、バランスを崩し倒れた。
赤柳はすでにスタミナが切れていたが、激しく呼吸をしながら、前のめりに四つん這いの体勢から必死の形相で立ち上がる。
赤柳 (畜生、スタミナが切れたら闘えねぇ。気持ちだけじゃ……。
しかも、その気持ちもスタミナがないことで萎えてくる)
木室 「実戦の3分て長(なげ)ぇだろ(^_^)」
「人生も同じでな、一生懸命生きてたら長く感じるもんだ。
のんべんだらりと生きてたら、遊び呆けてたら、あっという間に終わっちまう」
またしても突進から右パンチの体勢……に対し、佐々木のカウンターの右前蹴り。
赤柳 「ぐぇッ、蹴りが邪魔で前に出れない」
うずくまりながらも、佐々の右足首を掴んで放さなかった。
佐々 「ん? 何すんだっ、放せ❢ 放しやがれッ」
赤柳は両手で鷲掴んだまま、悔し涙。
赤柳 「畜生、俺を好き勝手にボコリやがってえええ~」
と、足を引っ掛けて倒した。
木室 「赤(コイ)柳(ツ)は負けん気が強いというより、もはや狂ってるぜ」
と、呆れながらも感心していた。
会長も唖然と呟く。
会長 「そういやぁガキの頃、泣いてから強くなる奴がいたよな」
佐々は蹴り足首を掴まれると、足をバタバタさせて暴れるだけだった。
赤柳は、鼻水混じりの鼻血を垂らしながらニヤリ。
赤柳 「死んでも放さねぇよ~」
「オイ、何かしてこいョ」(と、言い返した)
木室 「倒された状態で足首を掴まれると、組技や寝技を知らない場合は圧倒的に不利になる。対処法を知らないからな」
そして、リング上に会長と木室が雪崩れ込んだ。
木室 「おいっ、止めろ」
会長 「こいつをジムから追い出せ❢」
ジムから追放された赤柳は、新宿駅でホームレス状態。顔はボコボコであった。
赤柳 「強くなりてぇ~」
この後、総合格闘技で寝技のエッセンスを学ぶ。
END。
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