第四話・強くなりてぇ☆~狂気編~

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第四話・強くなりてぇ☆~狂気編~

その数日後。 早朝、RV車が『大砲部屋』の前で停まった。 青空学園の園長・加賀がRV車の運転席から出てきて、部屋から出てきた神風親方に頼み込んだ。 加賀  「神風親方、宜しくお願いします」 助手席には赤柳がいた。 加賀  「うちの施設から飛び出て、格闘技のジムや道場に入会しては騒動を起こし……そんな問題児ですが、孤児であるこの子の長所を伸ばせるところはここしかない」 加賀は親方に深々と頭を下げると、赤柳を親方に引き渡して車に乗り、その場を後にした。 稽古場にある土俵・神棚を前にして、親方は赤柳に語った。 親方  「日本国では、相撲は神事として崇められてきた。 その精神は、礼に始まり礼に終わるといったもので、勝負事における勝ち負けは時の運によるところもあるが、肉体を支配している心は人間の仁徳であり、結果とは単に目先の勝敗だけではなく長い人生の先にあるものと位置づけられ……神事とは、そういった意味も含まれるのだ」 赤柳  (何のことだ?) 赤柳は怪訝な顔を見せながら、黒いスゥエットパンツのポケットに両手を突っ込んで聞いていた。 兄弟子たちが、稽古場にやってきた。緊張の面持ちで、怖い雰囲気である。 兄弟子 「おはよう御座います」 と、親方に挨拶した。 親方  「今日から、御前たちの弟になる赤柳君だ。優しく面倒を見てやってくれ」 兄弟子 「はぁい」 赤柳は、まわし姿で先輩たちの扱きに耐えた。四股を踏んだり、胸を借りてぶつかり稽古をやったり。 しかし、面白いように転がされる。歯を食いしばる彼は、狂気の目をしていた。 親方は、そんな赤柳を未来の大器として期待した。 親方  (いい根性してやがる) 赤柳は、先輩たちに張り手の洗礼を受けた。 親方  「我慢しろよ、張り手は期待の新人に対する入門祝いだ」 字幕  日本の国技である大相撲の起源は、日本拳法や柔術、合気道と同じ古流相撲である。つまり、これらの歴史は同じで、古流相撲では当て身を用いられていたと考えられている。相撲の張り手は、その名残である。 稽古が終わってチャンコを食べる、親方と兄弟子たち。  赤柳は、ほうきを持って稽古場の掃除をしていた。一生懸命に見えるが、内心は腸が煮えくり返っている。 時間の経過。 満腹の先輩たち12人は、10畳の畳の部屋で、いびきを掻いて寝ていた。 最後に赤柳は、残り物の飯を独りで貪りついた。 赤柳  「俺の腹は残飯処理かよ……」 食べ終わった赤柳の、その目がまな板の上の包丁へ向けられると一変した。 赤柳  (全員殺してもいいが、こいつらのために俺様の人生が駄目になるなんて馬鹿げてる……ようし、ならば再起不能にしてやるぜ) 稽古場の隅に立て掛けてある金属バットを持つと、荒い呼吸で上段に構えて襲い掛かった。 赤柳  「俺をイジメやがってぇ~」 入り口にいた親方が気づくと、後ろから羽交い絞めにした。 親方  「やめろ~」 赤柳  「ヤダ、ヤダァ~ッ。俺に不愉快な思いをさせた奴は、全員足を折ってやる~」 と、駄々をこねて泣き叫んだ。 関東地方の山の麓を、RV車が走っている。車は舗装されたアスファルトの道から外れた山道を、さらに奥へと突き進んで行った。 車は止まると運転席から加賀、助手席から親方が出てきた。 山ろくの、樹木が覆い茂る雑木林の中にある、何やら人が作った家らしき建物に向かって親方は叫んだ。 親方  「親分はいるか~」 すると中から、165cmと小柄だが異様な雰囲気を放つ50歳の『佐多野侠樹(さたのきょうき)』が出てきた。 トランクを開けると、赤柳がいた。彼は、両手・両足を縄で縛られていた。 親方は、赤柳を抱え上げて肩に乗せた。 赤柳は、山奥の小屋で自給自足の仙人のような生活を送る佐多野に預けられることになる。 親方  「彼は、広域暴力団の元総長・佐多野侠樹さんだ」 赤柳  「ヤクザの大親分が、廃(すた)れて今は乞食(ホームレス)か」 と、毒づいた。 加賀  (こんな人気(ひとけ)のない山奥で、自給自足……まるで、仙人のようだ) 親方は、赤柳の首根っこを掴まえて佐多野に差し出すように、 親方  「こいつを、宜しくお願いできないでしょうか?」 佐多野は、優しい目で赤柳を見ている。 赤柳  「何で俺が、こんなところに? 我慢できるわけがねぇよ」 と、佐多野を睨む。 赤柳  (手足が自由になったら、三人ともブッ殺してやる。そして、埋めて逃げ出す) 佐多野 「御主に、世の中の恐ろしさを教えてやる」 と、衣類の腰の辺りからピストルを取り出した。そして、銃口を赤柳にゆっくりと向けた。 親方と加賀は、慌てて左右に身をかわした。 中央で突っ立っている赤柳の頬を、弾が掠めた。恐怖のあまり赤柳は、座り込んで後ずさりして身を竦めた。 佐多野 「喧嘩いうんはなぁ、指を曲げるだけの力があれば勝てるんやで」 「喧嘩とは所詮そんなもんや」 加賀  「仙人がピストルとは?」 佐多野はピストルにキスをして、 佐多野 「こいつを見とると、生と死の緊張感を思い出して、生きることの大切さを痛感するんや♡」     「昔の俺は、欲望の赴くままに生きとった。しかし、抗争での仲間の死や金にまつわるトラブルを目の当たりにするうちに、嫌気がさしてな。 生きるためだけに生きてみようと思ったんや」 加賀  (生に対して、達観の境地) 親方  (しょせんは人間なんて、立って半畳・寝て一畳だ) 佐多野 「欲望・喧嘩の行き着く先は、墓場か塀の中……それが御主の未来じゃ」 と赤柳を指差して、彼の未来を予言した。 その言葉を受けて、うなだれる赤柳。 赤柳  「その未来の過去が、今の俺の姿なのか」     「そういえば、以前出会った真合さんがいっていた」 と、彼の言葉を思い出した。 真合  「欲や見栄を捨てて、生きていくためだけに固執すれば、 色んなものが見えてくる」 赤柳  (でも、今の俺には何も見えない) 赤柳の将来を見極めた佐多野は、 「人間としての礼儀の大切さを教えたる。そして、お前が下界で生きていくための武術を教えよう」 親方  「佐多野さんは、相撲の起源とされる古流相撲の伝承者でもある。 バブル経済当時、ヤクザの親分として関取のタニマチになると相撲に       ついて詳しくなり、起源についての虎の巻を得た。 彼が伝承したのは、『陰の柔術』……」 加賀  「佐多野さんが、その気になってくれてよかった」 佐多野は、悪ガキの赤柳に自分の子分のような親近感を覚えると優しく微笑んだ。 佐多野 「俺も昔は悪餓鬼やったから、同じ道を歩んで欲しくないだけよ」 赤柳の想い。 字幕  この人に付いていけば、俺の未来は変わるのか!? まだ、彼は疑心暗鬼であった。 END。
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