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第五話・強くなりてぇ☆~陰の柔術編~
佐多野は、樹木を利用して作った小屋に住んでいた。
その周囲の小さな畑で作った野菜を見ながら、唯一の情報源であるコンパクトラジオを聴いていた。
起床した赤柳は、準備体操を終えると山の麓を走りだした。
ラジオから、「日本の赤字財政に対し、米国が介入を始めました。日本政府も、それに応じる模様です……」との声が漏れる。
佐多野 「地球にとって、人間の争いなど無関係。人命は地球より重いのではない、全人類の命より地球のほうが尊いのだ。たとえ人類が核戦争で全滅しようと地球は再び、いずれ知的生命体を育むであろう。
つまり、我々は生かされている動物に過ぎない。地球は、全ての生命を育む母なのだ」
山の麓で座禅を組む赤柳は、腹筋を自在に動かした。
そしてさらに、内臓をも動かし始めた。大腸を動かし、その他の臓器は配置を換え
るほどの移動のさせ方。
それを見る佐多野は、
「赤柳よ、御主もまた社会とは別世界で生きている。ある意味、地球と同じ。陽はいつものように東から昇り、西へと沈んでいけばそれでいいのだ」
赤柳は、高い樹の上のほうの枝に巻きつけられたロープを両手の力だけで登る訓
練をしたり枝に捕まって懸垂をしたり。
小屋の中で座禅中の赤柳の後ろに、佐多野が立つ。
佐多野 「柔軟体操に5百回のスクワット、山道を2時間の走り(ロードワーク)と6時間の座禅を修行と課して2年……」
「柔軟は関節の稼動範囲を広げることで怪我をしにくく、スクワットは踏ん張る力、走ることは精神力・持久力(スタミナ)・バランスに伴いスピードと技の切れも増し、感覚も研ぎ澄まされて直感(カン)もよくなるのだ」
「座禅においては精神統一と集中力の鍛錬であり、地味ゆえの荒行である」
「柔軟、走る、座禅……すべては内なる修行」
赤柳は立ち上がって、佐田野と向かい合う。
動(殺気)の赤柳と、静(平穏)の住職(佐多野)。
赤柳 (退屈な日々に耐えれば耐えるほど、怒りが増していった……が、
我慢の大事さを知ったのは、怒りとは裏腹に俺の中で人間の礼儀と優しさみたいなものが芽生えたからだ)
(そして微かに芽生えた優しさが、また新たな優しさを生んだ)
佐多野 (わしの言いつけを、よくも黙って貫徹してくれた)
そして、佐多野は後ろを向いて正座すると目を閉じた。
佐多野 「さぁ、どこからでも攻めて来なさい」
赤柳は驚きを隠せず、四方八方から彼を見た。拳を握り締め、
赤柳 (爺を殴り倒すのも気が引けるし……第一、住職が再起不能になったら、
伝承すべき陰の柔術はどうなる? 俺はそれを教えてもらうために、
今まで耐えてきたんだぜ)
佐多野は目を閉じたまま着物の袖の中から『巻物』を一本取り出し、
「安心せい、伝えるべきことは之(これ)に書かれておる」
赤柳 (本気(マジ)で!?)
内心慌てる彼は『総バカ』での自分がやられたチョークスリーパーを思い出した。
すると、佐多野の後ろから同じ技をかけた……。
極まったかに思えたが、佐多野の右手は赤柳の『睾丸』、左手の親指は赤柳の
『左目』へ!
佐多野 「玉手(おうて)、目玉(ぎょく)取り!」
赤柳は右手で下腹部を抱えて、左手で左目を覆ってうずくまった。呻き声を上げながら。
佐多野 「睾丸(きゅうしょ)を蹴られたり、50kgの握力で掴まれると失神するが、何(いず)れも命にかかわることはない。
女に成りたくて自分で切断する者もおるが、出血が止まれば無事であるのだ」
「目は角膜を傷つけたり、瞼の上からでも3,5cm親指をこじ入れると失明に近い状態に陥るが、喧嘩で目や睾丸を攻撃すると※傷害罪が適応され、失明させた場合は1千万の賠償を命ぜられる」
※ 懲役15年以下、50万円以下の罰金。
佐多野 「格闘技は誇り、喧嘩は醜態……それがリングでの闘いと、ストリートファイトの違いじゃ」
痛みに耐えた赤柳は、しかし苦悶の表情で訊いた。
赤柳 「じゃぁ、陰の柔術とは何ぞや? 喧嘩の奥儀では!?」
佐多野 「素手における究極の闘いであり、それはあくまでも武士道精神に通ずる。現代において、陰の柔術は門外不出なのだ。従って、日の目を見ることはあり得ん。しかし、あらゆる格闘技に通ずる精神と技を知ることは、これからの御主にとって損にはなるまい」
まるで、赤柳の人生を見切ったかのようだ。
麓を歩く赤柳と佐多野。
佐多野 「履(は)き違えた自由と欲望まみれの現代である乱世に格闘技を学ぶ原点は、
何事にも耐えうる精神力を身につけることである。
相手に勝つよりまずは、己に勝つのだ」
そこは、若い青竹が無数に生えていた。
赤柳 「こんなところに来て、何するんですか?」
佐多野 「自然から人生を学ぶ」
赤柳 「……」(不可思議な顔)
大きい竹に、佐多野はタオルを巻き、
佐多野 「瓦や試し割り用のブロックなどと違い、自然の……柔軟なこの青竹を叩き折るのは困難だ。即(すなわ)ちこの竹から、引くことによって相手の力を吸収する強さを学ぶのじゃ」
「格闘技においても、人生においても」
赤柳 「俺の人生に引くことはあり得ねぇ。ひたすら突進して叩き壊すだけよ」
と、指を鳴らして殺気立った。そして雄叫びを上げながら。
「うおおおお~!」
と、竹に巻かれてあるタオルに右ストレートの拳をのめり込ませた。
しかし、竹はしなって揺れただけ。
佐多野 「力に頼りすぎだ。この竹のように柔軟でしなる動きから、その反動で鋼(はがね)のようなパンチが生まれる」
赤柳 「柔軟から鋼?」
佐多野 「しなる=引く。そして、これは強い。人生もまた然(しか)り」
「喧嘩をするということ、つまり前に出れば白黒はつく。しかし、引けば負けはない。人生において重要なのは負けないこと」
「闘いにおいても、引けば相手の力を半減させることができるのだ」
字幕 まさに人生は闘いであり、逆説の論理では、闘う姿はその戦士の生き様が乗り移るということになる。
赤柳 「ならば……体の力を抜いて、当たる瞬間に全身の力を拳に託してやる」
赤柳はさらに強いパンチを叩き込み、竹もさらに大きくしなった。
赤柳 「しなる竹を、いったんは引いて冷静に見極め……」
弓のようにしなる竹は、赤柳にはね返ってきた。
赤柳 「相手の力を利用する!」
と最後の一撃で、竹はちぎれた。
その竹を見ながら、
赤柳 「カウンターの理論か」
満足気な赤柳に、
佐多野 「そして、最後に勝てばいい」
赤柳 「人間と同じく、打てば力点がズレるこの竹は、試し割りの無意味さを教えてくれた」
小屋の中で寝る赤柳。いびきを掻いていた。子供のような顔だ。
その隣で、独り座禅を組む佐多野の目からは涙が。(赤柳は、住職から愛されて育てられた証拠)
佐多野 (日本は、これから益々、治安が悪くなる。
ここでの生活を今後どう生かすか、全ては御主次第……)
そして目を見開き、
(さらば、赤柳一心太)
END。
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