あの日

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 するとサクラは私により顔を近づけて話し出した。  「あんたが姉さんを置いて行ったあと、姉さんはバスに乗って地元に帰っていたの。あんたに傷つけられて放心状態のまま。そしたらね、そのバス事故に会ったのよ。あんただって知ってるでしょう。橋の崩落事故よ」  それは自分の目の前で起こったすさまじいい事故だ。覚えているし自分もその事故に巻き込まれていたかもしれないのだから、忘れるはずがない。  「姉さんは苦しんで死んだと思う。バスに乗っていただけなのにあんな事故にあったんだから」  サクラの瞳に涙が浮かんでいた。この涙が何かに感動する涙なら見惚れていただろう。今は自分勝手な感情の片りんでしかない。私はわけのわからないことを言っているこの女から早く逃れようと必死で考えを巡らせた。だが何も思い浮かばない。  「その事故は関係ないだろう。私のせいじゃない。一体何を思ってこんなことをしているんだ」  「あんたのせいよ。あんたが姉さんと一緒にいれば姉さんは事故に巻き込まれずに済んだ。あんたがおとなしく姉さんの相手をしていれば、していれば姉さんは死なずにすんだ」  言っていることがめちゃくちゃだった。そんなことを言われてもそんな事故が起こるなど事前にわかるものでもないし、私には防ぎようもないことだ。  理不尽にもほどがあると思っていると女が私の足を引きずって歩きだした。決して軽くはない私をサクラは信じられない力で引っ張り運んでい く。  地面で体をけずらられるような感覚に感じたことのない不快感を与えられながら、数歩でサクラが立ち止まった。そして、私を振り回すように投げ出した。  感じたのは嫌な浮遊感、そして視界に入ったのは崖の下に広がる勢いがある川だ。  とっさに身の危険を感じた私は何かをつかもうとして縛られている手を動かす。妙の声も自分の口から洩れていた。情けなく人には聞かれたくない声だ。  必死の思いで崖の一部分につかまり息を詰まらせながらサクラを見上げる。  「ここにくることはきっと誰にも言ってないでしょうし、私はあなたの車も破棄します。いろんあ身分証明書も処分しますね。あなたの分からないところでいろいろな手続きは済ませています。死体が出なければ行方不明扱い。私のことは警察も見つけることはできないでしょう」  絶望的な言葉だった。何が起こっているのかもわからずに私は死んでしまうのか。殺されてしまうのかと頭の中で繰り返した。  「あなたはここで終わりです。さようなら。あとどれくらいの寿命かしら」  サクラはそう告げて去っていった。その足音が本当の終わりを告げている気がしてならない。  恐怖と狂気が同時に襲ってくる。いっそ狂ったほうが楽だとすら思ったが不思議なことに理性は残っている。  自分の呼吸が荒くなっていくのと同じスピードで手がしびれていく。  下では激しい川の流れの音。明らかになる最後の時間。  呆然とすることすら許されない時間を私はたった一人でかみしめた。  
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