あの日

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 「ねぇ、覚えてる?」  無邪気に彼女は言った。ショートボブの髪をなびかせて年を重ねた女性にも幼い少女にも見れる容姿をしている彼女は、必死に崖の淵にしがみついている私を見下ろしている。  私の足元には針のようにとがった岩とどんなに大きな岩すらも削ろうとする巨大な河の流れ。落ちれば溺れる前に河の流れの衝撃か岩に激突して即死するだろう。  「即死」できたらそれがいい。すでに腕のしびれを切らしている私にはそれは唯一の希望だ。苦しんで死にたくない。ここにはただ私を見下ろす彼女しかいない。今まさに落ちようとしている私を助けることすらしない彼女だけ。自力で這い上がることはできない。すでに「死」という選択しかないのだ。  だったらせめて苦しまずに死にたい。死体がどんなにみすぼらしくてもいい。誰にも見つからなくてもいい。だからせめて「即死」がいい。  汗と恐怖と「死」に対する懇願のようなものをにじませている私を満足そうに見ながら彼女はしゃがんで見下ろしてくる。  「楽に死にたい?そうでしょうね。でもね、その前にちゃんと私の質問に答えてね。ねぇ、覚えてる?私の姉さんのこと」  ああ、やはり。私は目の前にいる彼女を見て出来事を回顧する。出来事などと単調な言い回しではない。あれは事故だ。だが私にも責任はある  目の前にいる彼女は私にその責任を果たさせに来たのだ。私の死をもって。それは自分の手を汚すことなく果たすためにこのような形をとっているのだ。そこまで私は理解できている。  だがそれでも。「即死」すら残す状況の中でも口の中には生にすがる言葉ばかりが喉の奥からあふれている。このあふれる言葉を口から漏らせばと思うとそれもまた恐ろしく思った。  自分は言ってはいけない。  無邪気なわりに空洞化している彼女の瞳を見つめ抗えない「死」と対峙した。      
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