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私は平凡なサラリーマンを長いこと生業としていた。仕事はこなすがこれと言って成果ができる仕事でもないので昇進は定年まですることはないだろうし、あまり冴えた容姿でもスタイルでもなく年収も平均よりやや下で特に気が付く性格でもないので異性からモテたことがない。
付き合っていた人は今までに数人いたが将来が明るくない私に愛想をつかし早々に次の相手を求めて去っていった。
異性や結婚に興味はなかった。ただ欲が満たせればそれでよく暇つぶしの相手がいればそれえよかった。人生のパートナーという言葉は響きは良いが私にはただただ重しのように思えて、一歩を踏み出すことはなくくれぐれも相手を妊娠させないようにということだけを考えて行動した。
気が付けば三十も半ばになっていた。周りの知り合いは結婚したり子供がいたり時々離婚をしていたりと、経験豊富な人生を歩み何かしらを積み上げていた。幸せだったり、不幸だったり。
でも自分には両方もなかった。淡々とした日々がすぎさりわずかではあるが確実に死に近づいていく日々だ。
きっとこの先もこうなのかなぁと、そんな日々だった。
「なぁ、この間の事故のニュースみたか?」
「へ?えっと、どの事故?」
職場の休憩室でぼんやりとカップ麺をすすっていると隣に座っていた、わりと親しい同僚が声をかけてきた。その同僚とはデスクが隣でやたらと仕事ができる同世代の同僚だ。スーツもこざっぱりとしていてとくに容姿が整っているわけではないが品がある顔立ちをしている。そのせいか職場で中心となりやすい人物だ。
こうして無愛想な私に声をかけてくれることも彼の人が良い証拠でもある。
「ほら、橋の崩落事故。すごかっただろ。どっかのボルトだったか?外れてさ、車が何十台も巻き込まれて人がさ」
その事故は全国的にも有名なニュースとなり最近のワイドショーはそれでもちきりになっていた。
この間の事故と言っても今年の春のことだ。人々が行楽へ出かける時期に島と島をつなぐ数キロにも及ぶ大橋が数十台の鉄の塊とかけがえのない命を道連れに崩落した。
原因は橋の建設の際に関わった作業ミス。必要なボルトが数十本足りなかったことが原因だった。ミスに気が付いていた作業員は数名いたがすでに作業が進んでいたため申告するものはいなかったそうだ。
その罪悪感と気苦労は想像すると息がつまる。言ってしまえば多くの損失を負い、誰かが責任を取らされる。首が飛べば家族はどうなるだろう。自分はどうなるのだろう。ミスに気が付いていた作業員はきっとそう思うものは多いだろうが子供も含む多くの命がその保身のために犠牲になったことは、許されることではない。
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