あの日

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 なかなか話さない私に向って「どうしたんだよ」と訊いてきたその同僚。私は少しうなだれてから「いや、それがさ」と話し始めた。  いつものようにマッチングアプリを使って女をひっかけた私は人通りの多い場所で待ち合わせをしてその女と会った。  「遅くなりましてすみません」その女はそう言い頭を少し下げた。長い髪がさらりと女の肩から落ちる。軽そうな素材のワンピースに淡い色のパンプスを履いた女は写真よりもきれいに見えた。おそらくマッチングアプリなど普段は使わないのだろう。自撮りすらうまくできないのだから、今流行りの写真のためにどこかに行くという感じの女ではなさそうだ。  素朴でいい意味で普通。つまらないと言わることも多そうな女は、私より年は四つ下で今までは一人としか付き合ったことがないとのことだった。二十代後半にすれば少なすぎるほうだ。人にもよるだろうが不細工ではないその女を気に留めていた輩は多そうに思う。  まずは喫茶店でお茶でもといういつもの流れにもっていき、手ごろなチェーン店に入ってお互いのことを少し話した。私は今までの女性経験を離さない方が警戒がないだろうと思い、少しだけ嘘を混ぜて話した。  「告白とか、交際を申し込まれたことは」  緊張をほぐすためにホストとなって話をすすめる。彼女はあまり質問をしてこない。緊張をしているようだった。  「それは、何度か。でも職場の人ばかりで。職場でそういう関係はちょっと、と思いまして。お断りしました」  大人になれば職場以外出会いの場を作るのであれば、自分から出会うしかない。合コンにもいっているようには見えないしそんな女がマッチングアプリをつかうなどずいぶん大胆だ。  「そうなんですね。もったいないと言えばもったいないよに思いますよ。とりあえず付き合ってみればいいのに。きれいですし」  あまり思っていないがそう言う。  「いえ、そんな。そんなことはないですよ。でも初めてであった人があなたのような優しそうな人で良かったです。もっと怖い人だったらどうしようかと思って」  お世辞をわりと真に受けるタイプなのか照れたように言った。素直と言えば素直だ。少女のようにあどけない感じもするのでこれからこの女とそういう仲になれるか心配になった。  こういう純情な女はいざというときに怖気づく。そういうことが多い。もしかしたらきょはそういう日かな、と思っていると女が言った。  「あの、今日は、その。私もそういうつもりで来てます」  「は」  いきなり何の話かと思い一瞬わからなかった。しかし女の真っ赤な顔を見てああ、と納得がいった。  まるで学生のような女だな。そんなことをわざわざ言わなくてもいいのになんなんだ一体、と心の中で毒づいてから「そうですか。ははは、いきなり何かと思いました」と笑ってやり過ごす。  このあとどう反応したらいいのかわからないでいると「あの、そろそろ行きますか」と女が言った。その言葉の意味を分かって言っているのだろう。  「あ、ええ。そうしますかね」  こちらが引っ張られる形となり私たちは店を出た。まだ出会って一時間も過ぎてないが、まあもともとそのつもりだった。ことが早く進むならいいだろう。  街中ということもあり徒歩でいける距離にホテルはたくさんある。ここからだと五分くらい歩いたところに新しいホテルがあった。金があればきちんとしたホテルを選ぶがそんな金はないし、そこまでの礼儀を払う相手でもない。  ホテルを選んでいる間女はいたって無表情を貫いていた。ホテルを決めて歩いている間も会話はなく緊張しているのが伝わってきた。  まさか処女じゃないだろうな。私は不安になった。付き合っていたことがあるといっても性交していない可能性もある。いや。さすがにこの年齢ではないか。  そう踏んでいたがホテルにつきビジネスホテルのような部屋についてから女は言った。  「あの、実は私初めてでして」  ベッドわきにあるサイドテーブルに財布を置いているときだった。後ろにいた女は思い切った口調で緊張が増していた。  私の中で何かがぷつんと切れたような音がし一気に投げやりな気分になるのが分かった。たまに仕事中でも起こるこの現象がこうしたプライベートで起こることは珍しい。  返事をしないままベッドに座って女の方を見る。女は私の様子におびえているように見えた。別に暴力をふるっているわけでも怒鳴りつけているわけでもないから私に非はない。おびえている女を見ていい気味にはなった。  「それ、今言う?」  「ごめんなさい。あの、言えなくて。でも、大丈夫です。できます。あの、多分ですけど」
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