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12.バラバラの山下さん
「ここは通り過ぎた後の交差点」
「交差点」
「交差点とは道と道が交わる場所」
「その一つの道を通り過ぎていったのは、誰?」
「通り過ぎると言ったら、それはやはり山下さんでしょう」
「山下さんって、どの山下さん?」
「移り気で、せっかちで。いつもどこかに向かっている山下さん」
「ページの間もぐいぐい飛び越えていっちゃって。誰もその顔を見たことがない」
「皆が知っているのは、その背中と、足跡だけ」
「チャンスの女神に後ろ髪はないというけれど、移り気な山下さんには後ろ姿しかない」
「なら、チャンスの女神と違って、一度逃しても捕まえられるということ?」
「でも、突然背中から捕まえられたらびっくりしちゃうね」
「うん、マナー違反だね。山下さんを驚かせないようにするには、どうしようか」
「それは」
「それはやっぱり、一声かけてからにしないと。おーい、もしもーし、って」
「おーい」
「おーい」
「おーい」
「おーい」
「おーい」
「おーい。どうだろう、聞こえたかな」
「どうかな。この交差点をもう、随分と前に通って行ったから」
「じゃあ、難しいかもしれないね。また通ってくれるかな」
「どうかな、ここは通り過ぎた後の交差点だから」
「そっか」
「そうそう」
「移り気な山下さんはこの交差点を、どっちからどっちへ通ったの?」
「左から右へ通ったよ。文字が流れるように」
「文字の流れは上から下じゃないの?」
「その場合もあるね。でも、ここは左から右」
「そっか」
「そうそう」
「上から下に続く道は、誰か通ったかな」
「色々な人が通ったよ、人じゃないものも」
「例えば?」
「ロボットとか、女子中学生とか、シーツとか。猫とか絵描きの男とかホモ=ヤマシトゥス、後はたくさんの女の子、他にも色々」
「たくさん通ったんだね」
「そうだね、それも全員山下さん」
「移り気で、せっかちじゃない山下さん?」
「そう、色々な修飾語を背負って、たくさんの山下さんが通っていった。今度から、信号を用意した方が良いかも」
「信号、なんで?」
「だって、上から下にたくさんの人が通っていると、その間左から右へ行きたい人はずっと待たないといけないじゃないか」
「確かに、そうだね」
「だから、そんなに待たなくていいように、信号を用意するんだ。左から右へ人が通るから、皆、少し待ってねって」
「でも、左から右に移動するのは、せっかちな山下さんだけだったよね」
「うん、そうだね」
「だったら、わざわざ信号はいらないんじゃないかな」
「うん。確かに、そうだね」
「左右に行く人が、他にもいればいいんだけどね」
「そうだね。信号を見るの、僕は好きなんだ」
「好きなんだ、どうして?」
「ちか、ちか、ちかと瞬いて、色が変わって。落ち着いて役目を果たしていて、何だか綺麗だから」
「そっか」
「君は何が好きなの?」
「私は動いているものが好きかな。色んなところに行って、散らかって。でもたくさんの景色や経験がその中に詰まっていて」
「そっか」
「でもここには、動くものも、信号もないんだね」
「通り過ぎた後の交差点だからね。動くものも、動かないものも必要ない」
「じゃあ、私たちもここにいる必要はないの?」
「そうかもしれないね、でも、行くにしてもどこに行けるかな」
「どこへでもいけるよ、縦横無尽、世界を背負う海亀の鼻先まで」
「そうだね。じゃあ、少しだけ歩いてみようか。君はどっちに行きたい?」
「うん。やっぱり私は右に行きたいかな。せっかちな山下さんに追いつきたい」
「追いついたらちゃんと、呼びかけるのを忘れないようにね」
「うん、おーいって」
「じゃあ、僕は左に行こうかな」
「一緒に来ないんだ?」
「うん、せっかくだからね。それに別々に行った方が色々なものをそれぞれが見られるかもだし」
「そうだね。お互いがたくさんのものを見たら、またここで会おうね。そして何を見たか、たくさん話そう」
「その頃にはこの交差点も通り過ぎただけの交差点じゃなくなって、また色々な人が通っているかもね」
「そしたら信号がいるね」
「そうだね、ちか、ちか、ちかと瞬いて。赤」
「青」
「また赤」
「そして青になったから、そろそろ行こうかな」
「うん、どうぞ良い旅路を」
「ありがとう。ねえ、私たちまた会えるかな」
「すべての道がローマに通じるように、全ての道は僕たちに通じている。だから、安心しなよ」
「うん、安心した。じゃあね、また」
「うん、また」
「そういって別々の方向へ進む。私たちはどんどん遠くなっていく」
「僕たちはどんどん遠くなっていく」
「私は右へ、あの子は左へ」
「僕は左へ、あの子は右へ」
「もう随分と遠くなってしまって、豆粒のよう」
「この距離だから、あの言葉を練習しよう、きっとあの子もそう思っている」
「おーい」
「ほら、やっぱり。おーい」
「おーい」
「おーい。僕は自分が選んだこの道の先が、袋小路であることを知っている」
「おーい」
「おーい。この先が信号のように赤く、青いことを知っている」
「おーい」
「おーい。でも僕は、君にまた会えるかどうかは知らない。今はまだ」
「おーい」
「おーい、おーい、おーい。祈り、嘆き、願い、呼びかけ。おーい、おーい、おーい。どうか」
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