3.鈍色の山下さん

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3.鈍色の山下さん

第三十四区画のゴミ収集を隅々まで終え、彼は来た道を戻り始めた。暫くして大通りに出ると、そこには自分と同じ顔をした仲間達が足並みを揃えて列をなしていた。一寸も止まることなく、彼はその集団に合流した。 仕事を終えた彼ら、人型清掃ロボット達の表面は、地平から顔を覗かせたばかりの朝日に照らされて、ぎらぎらと鈍い光を放っていた。金属製の彼らが大所帯で歩いていると、以前はがちゃがちゃと喧しい音を立てていたのだが、彼らが担当する清掃区画内の住人からクレームがあった為に改善されていた。関節部分の素材とモーターを取り換えた結果、隊列は今や不気味なほどに静かな歩みを進めている。僅かの音も立てない彼らの歩みは、幻覚と思えるほど非現実じみている。 静寂の中で、ロボット達は黙って歩いているように見えるが、実際はそうではなかった。格納場所への帰り道に彼らは、額部分に備え付けられた通信機能で、周囲の同型機と絶えず情報を伝達していた。そこで交わされるのは、舗装の劣化状況、落ちているゴミの分布や数量といった、清掃に関連した情報だけではない。例えば、見かけた野良猫の様子、担当区画内に新たにできた店の話といった、いわゆる雑談を交わしていた。 三十四区画で働いていた彼も、隣の仲間にこう話しかけていた。 「気になることがあるのだが、聞いてもいいか」 「どうした」 話しかけられたロボットは歩みを緩めたり、顔を動かしたりすることなく、ただ淡々と電子信号で応答する。話しかけた彼も同様に、寸分の動作も変えぬまま、会話を続ける。 「この会話機能は、どうして備え付けられているんだ。これで俺たちの仕事の効率が上がるわけはないだろう?」 「なんだ、そんなことを尋ねるってことは、君はまだ製造されて日が浅いのか」 「稼働開始は三日前だ。前の三十四区画の担当は、帰り道に車に跳ねられてスクラップになったらしい」 「そういえば前にそんなことがあったな。信号無視の車に巻き込まれて、四機ほど駄目になったんだったか」 話しながら、彼らは目の前の信号が赤に変わったのを見て立ち止まる。分断された前方の列は、特に後方を待つことなく進み、その背中が遠のいていく。その間を速度を上げて車が通り抜けていった。 「それで、最初の質問に対する答えは」 「ああ、会話機能のことか。なんでも、これもクレームを受けて、製造メーカーが私たちに追加した機能だそうだよ」 「クレーム?」 「ああ。黙々と働き続け、何も言わずに帰るロボットは不気味だとか、奴隷扱いをしているようで罪悪感を覚えるといった意見があってね。だから私たちはこうして、仕事に関連しない会話ができるようになったわけだ。まるで人間の会社員が通勤中に会話しているかのように」 信号が青に変わり、彼らは再び歩き始める。 「むろん、音声を使用した会話は足音同様に騒音問題になる為、人の耳では聞こえない電子信号で行うことになった。だが、もし人間が私たちの会話を聞きたいのであれば、町中に点々と備え付けられた専用の変換スピーカーを通せば聞こえるようになっている。また我々の製造会社のデータベースには、ロボット全員の会話がテキストログとして逐一保存されている。そのうち、過去一か月分の記録についてはホームページから、誰でも閲覧できるようになっているらしい」 話を聞いている彼の視線の先に、件のスピーカーがあったが、そこに人の姿は見えない。これまで通ってきた道にあったものも同様だった。過去数日の視覚記録を呼び起こしたが、そこでもスピーカーを使う人の姿はなかった。 「そう、私たちの会話を気にする物好きなんて、もう今は数えるくらいしかいないんだ」 彼の頭部デバイスでの検索処理が終わったのを確認して、先輩にあたるそのロボットは話を続けた。 「最初こそ物珍しさで確認していた人もいたが、次第次第にその人数は減っていったのさ。スピーカーは次第に町の装飾に成り下がり、ログの一日の閲覧数も三桁を超えることは殆どなくなったらしい」 「じゃあ、結局今、私たちがこうして会話している意味は何なのだろう。人間の耳には聞こえず、興味も持たれない会話をする意味とは」 最初の問いを彼が繰り返している間に、行進のゴールが見えてきた。大きな倉庫、そこには先に着いた仲間達が電力を落とし、少し前傾した体制で整列して立っている。 「当初の目的と変わらない、つまり人間の心を安らげ、クレームを起こさないためだよ」 先輩ロボットは答えた。 「彼らには想像力というものがあるからね。本人が全てを確認しなくても、ログが残っている、スピーカーを通せば話していることが確認できる、その事実だけで十分なんだ」 「ならば、ログなんて適当に作ればいい、スピーカーの音声だって、聞かれた時にだけ会話がされるようにすることだってできる。どうせ聞かれることが少ないなら、その方が効率的じゃないか」 「そうだな。だがそうしないのも、おそらくは彼らの想像力によるものなんだろう。製造会社の社員の中に何名かいたんじゃないか。我々に取り止めもない会話をしてほしい、日々仕事をするだけでなく、己の在り方に満足感や、楽しみを覚えて欲しい、と思っている人間が」 「満足感や、楽しみなんて、そういう感情を我々が持ちようがないじゃないか。ロボットなんだから」 「人間というのはそんな考えが好きなのさ。そうしたものをロマンや可能性、想像、夢と呼ぶらしいがね」 「あるいは徒労や、妄想と言うのではないか」 「なかなか興味深いことを言うね、君は。また言葉を交わす機会があれば、色々話を聞いてみたいものだ」 そう言いながら、先輩ロボットの彼の電源が落とされ、通信が途絶えた。 残された三十四区画担当の彼は、自らの電源が落とされるまでの少しの間に考える。受け取った回答を吟味した上で、まだまだ自分の中で解決しきってはいないと判断した。一連の会話を、引き続き検討するタスクとして自らのメモリに記録する。 その作業と並行して、彼はこんなことも考えていたーー先程までの会話も当然ログになるのだろう。無数のテキストの中で、偶然一人の人間がそれを見つけ、読んだ時、その人物ははたしてどのようなことを感じるのだろうか、と。 そのことを金属製の脳で想像しながら、彼は一時の眠りについた。人間のようには、夢は見なかった。
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