1.青色の山下さん

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1.青色の山下さん

マンションのゴミ捨て場に、ある日青いゴミ袋に包まれて山下さんが捨てられていた。市の指定袋はクリーム色だから、廃棄ルールに従っていない彼の袋はいつまで経ってもゴミ収集車に回収されなかった。カラス対策のネットの中、彼はずっとしゃがんだままでいた。 半透明の袋の中で、どんな表情をしているかは誰もわからない。彼は言葉も発しない、ただ呼吸をするたびにかしゃかしゃとビニルの擦れる音がするだけだ。何日経っても喋らず、空腹を訴えることなく、身じろぎせずにそこにいる。 マンションの住人はそのゴミ袋が回収されないのを心良く思わなかった。ゴミ捨て場は住人全体の人数に対し、些か手狭だったからだ。とっとと回収業者が収集車に彼を放り込んで、潰して運べばいいのにと誰もが願っていた。しかし業者達は皆、下手に気を回すと後で割を食うかもしれないと懸念して、指定外のゴミを回収しないというルールに従い続けた。 山下さんの袋の上から、更に市の指定袋を被せれば回収してくれるのではないかとも住人達は考えたが、進み出てするものはいなかった。市のゴミ袋は結構な値段をするのだから、自分の家のものを使いたいと誰も思わなかった。 ならばどこか別の場所、例えば隣のマンションのゴミ捨て場に運ぶということも思いつくところではあったが、同じく実行しようとするものは皆無だった。成年男性一人を運ぶ労力を、自分だけがするなんてゾッとするというのがその理由だった。結果、彼らは皆、心の中では不満を募らせながらも、気にしていない風を装って、変わらぬ生活を続けていた。 最初に山下さんが見つかってから一月たち、二月が経った。彼は相変わらず青い袋に包まれて座っている。そんな彼の前を、いつもの人々が歩き、通り過ぎていく。それは例えば、ソーシャルゲームに夢中な学生、誰かを悪者にして非難する主婦達、家族に隠れて電子タバコを吸う会社員、自分でもゴミと思っているチラシをポスティングする販促活動員、冷めた食事を運搬する配達員。誰もが自分の興味にかまけて、次第、次第に彼のことを意識しなくなり、そして忘れていった。彼らの心にはただ、何かが上手くいかなかったというやり切れなさと、自分の為に動いてくれない他人への失望とだけが残った。 半年が経った頃、そのマンションに新しく引っ越してきた家族がいた。その家の子供は新鮮な目で山下さんの袋をまじまじと観察し、それから自分の発見を親に伝えた。 「この袋なんだけど、裏表が逆なんだ。だから、山下さんに捨てられているのは多分こっち側、袋の外側なんだよ」
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