編集者の事件メモ3(真木サワ)

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『青春』と呼ばれる時間は誰彼にもおとずれ、それは誰にとっても望むより短い。人生の折り返し地点を過ぎ去ると、その期間は一瞬に近づきあっという間である。それなのにまさに今、手からこぼれ落ちるように失われゆく時間の渦中にある者は、青春が有限だという年寄りの話に耳を傾けようとしない。己の青春は漸近線を描くかのように終わりない、という体感の方を信じ、その悠長さに絶望すら感じる。しかし、終わりの時は、確かにやってくる。 金持ちであっても庶民であっても、あるいは陰キャも陽キャも真に平等なのは、青春を失ったそのあとに、かつての時が特別であったと認識される点においてである。 女子高生の真木サワは、面談の順番を待つ生徒用の椅子に座りかねていた。同級生のあずさは、担任との話し合いを既に終えて、教室に戻っただろう。サワは自分の面談そっちのけで、すぐにでもあずさに会いに行きたかった。 (ねえ、あずさ。担任はなんと言ったの?あいつの癖、鼻から抜けるようなため息は今日は何回ついてた?) 一呼吸してから、サワは用意された椅子に掛けて呼ばれるのを待つ。 「だめだ、だめだ。このままでは、あずさの足を引っ張って、私は彼女を困らせてしまう。彼女の決意はもう固まっているのだから。」 サワは、教室にいるあずさを質問攻めにしたい衝動を抑えて、自分のこの先を考えた。 進路面談は、どうにも居心地が悪い。そして、うっかりすると自分のためであることを忘れて、大切に感じられないのはどうしたことか。 あずさとは高校に入ってからの大の仲良しだ。というか、サワが学校で唯一信用している友である。あずさが大学への進学を希望していることは、彼女から聞いて知っていた。将来は、教師になりたいのだという。彼女なら、きっといい先生になれる。自分のように不安定で落ち込みがちな人間を、自暴自棄にならないように優しく包み込んでくれる包容力が彼女にはあるもの。 うちの高校は進学校では無いから、受験する生徒は高校の授業とは別に塾に通う。だから、塾に通うお金の余裕がない生徒にとって、進学は大変と聞く。でも、あずさの夢を自分は応援している。彼女の未来はきっと明るい。 サワは、自分のことよりあずさの将来に熱心だった。自分の夢をおざなりにしてしまうのは現実逃避だろうか。でも、自身の未来はどこかぼんやりとしている。まるで、自分にできることは少ないかのように。
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