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「あーあ。私たちって、なんでクリスマスに残業しているです?しかも、金曜日の夜にですよ?」
年末の残業に、新人は不満タラタラだ。
それにしても、今日の彼女はなんだか馴れ馴れしい。いつもは私のことを無視して、もっとツンツンしているのに。
「明日は出勤ないし、帰りに駅前のイルミネーションでもゆっくり見たら?」
そんな新人に親しく返したものか、サワは迷う。
「サワさんは、今晩の予定とかあるんですか?」
新人が、サワを見る。
サワは面食らった。
今日の彼女は、馴れ馴れしいんじゃなくて、「しおらしい」んだ。人恋しい彼女は寂しいのだ。
だからと言って、新人とイルミネーションを見に行くのだけは、勘弁して。
「私は、これ終わったあと忙しいから。このまえ映画を見た人と、ケーキ食べにいく約束してる。」
「どんな内容の映画?」
サワは、ショウと行った日のことを思い出す。
「”カエルの王子”の映画。カードを持った占い師が魔法で王子をカエルにして、キスで呪いを解くやつ。子供向けのアニメなのに、生々しくて怖かった。ふつうに面白い映画で。」
「カードって?」
「タロットカードだよ。カップの九番、願望実現と強欲のサイン。それで、夢の実現より、結局は愛が大事なんだってテーマ。」
サワは思う。
(私の願望は、とにかく自立することだわ。でも、それだけじゃヒロインの言うように足りないのかしら。
夢より大事な愛って、何を指すの?映画のプリンセスは、両方手に入れるのよね。)
考え事をする自分を覗き込む新人と、目が合う。
そうか、間違えた。彼女は映画の内容が知りたいんじゃない。
私が誰と観に行ったかが、知りたいんだ。
この時どういうわけだか、新人との間の潮目が変わった気がした。
なんだろう、この感じ。気のせいかな?
さっさと仕事を済ませて、サワは走ってショウとの待ち合わせ場所に急ぐ。
特別な日には、たまに奇跡が起こるらしい。
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