6人が本棚に入れています
本棚に追加
「真木サワさん」
担任に呼ばれた。
サワは教室に入り、前に面談を受けた生徒によって温められた席に着く。
「フーン。」
目の前の担任は、サワの進路希望表に目を通しながら独特なため息をつく。このため息は嫌味なものでなく、ただ単に担任のくせなことをサワ達はこの半年で知った。
「それで、あなたは受験しないのね。」
「なるべく早く働きたいんです。」
「そう。分かったわ。」
そう言って担任はファイルを閉じ、この話は済んだものとして早々に処理する。
サワの面談は、1分とかからずに終わった。
不思議なものだ。
サワと担任は、全く同じ会話を前回の面談時にしている。
前回、担任はサワに進学を熱心に薦めた。その時のサワは、頑なにこれを拒んだ。
今回、担任は彼女が受験しないものと決めてかかっていた。サワはあれから大学に行こうと考え直したのだが、事情が許さないことが明らかになって諦めるしかなかった。この事情については、担任にも誰にも打ち明けていない。
(自分を引き止めてくれる他人は、もう誰もいない)
その現実に、サワは少しばかり後ろ髪を引かれるのを感じた。
この一年、家は無茶苦茶な状態だった。いや、この一年に限ったことでない。覚えている限り自分が小6の時に、つまり母が家を出てから混乱しっぱなしだ。サワは、他所に男をつくって家出した母の最後の言葉を、よく覚えている。
「母親として、今まで我慢してきたわ。一人前になるまであなたのために待ってあげた。この先の私の人生が、娘のせいで犠牲になったと責められないことに感謝しなさい。」
当時も今も、その身勝手な言葉は受け入れ難い。それでも母親のことを理解しようと努めた、と思う。
母がいなくなってからの数年は、それこそ一人前になったつもりで父も支えて頑張った。だが、中学に上がってからのサワは、大いに荒れる。
反抗的な態度を取り、勉強やテストをわざとサボり、当て付けで深夜まで家に帰らない。
成績はどんどん下がり、散々周囲巻き込んで皆を心配させた。中学を卒業し、なんとか地元の高校に滑り込めたのは奇跡だと思う。
最初のコメントを投稿しよう!