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「やめてよお父さん。お母さんは私たちのことを裏切ったんだよ。」
サワは久々の金切声をあげた。
「そんなに怒らないでおくれ。大した額じゃない。それに、母さんだって病気でもしたらお金が必要になるだろう?もしかしたら気が変わって家に帰ってくることだってあるかもしれない。」
父の声は小さくなる。
「なんで通帳を取り返さなかったのよ?お父さんは、お母さんの味方なの?」
(私より、お母さんの方が大事なの?家のことで頑張ってるのは、私なのに。)
「そうは言っても、お前の母親じゃないか。それに、情なんてものはそう簡単には割り切れないんだよ。」
サワには、父がまだお金を払い続けていることが信じられなかった。
自分たちを置いて出て行ったきりの母のことを、父が今でも気にかけていたなんて。
学校の同級生が放課後の部活や遊びに夢中だった時、自分は家に直行して祖母と家のことを手伝っていた。
「いい子」になろうと、頑張ってた自分が可哀想に思えてきた。ああ、バカバカしい。
どうして父は、母に愛情がないことを認めないのだろう?
父が期待するように、「入金に感謝」するだなんて、母に限ってあり得ない。絶対にだ。
でも、もしかしたら。もしかして、娘の私への愛情が残っているとしたら、口座には…。
サワは、すぐに行動に移した。
まずは父を説得して、とにかく入金をストップさせる。
銀行に掛け合い、銀行員が訝しる視線を受けながら通帳の再発行手続きをする。日数を費やし、ようやく通帳を手にした。
だが、口座には雀の涙ほども残っていなかった。
「そんなに大学に行きたいなら、お金はお父さんがなんとかするから心配するな。」
通帳の数字を食い入るように見つめる娘に、父は相変わらずの調子で声をかける。
「私は、進学しない!やりたいことなんて、ないもの。」
サワは吐き捨てて、言う。
もう、冷静に考えられなかった。
煮え切らない父への、イライラが募る。父の愛情に漬け込む母の薄情さに、辟易する。
だが、一方でそんな母のことを理解できている自分がいる。
ふと、自分は冷たい人間なのかな?その冷淡さは、己に流れる母の血によるのかと考えて、サワは目眩がする。
(いいや、そんな筈はない。私は、母とは違う)
サワは自分に、言い聞かせるのだった。
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