伸びるな我が冷やし中華、と警官が言った

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伸びるな我が冷やし中華、と警官が言った

 酷く蒸し暑い夏の夜だった。  築30年以上の交番は、それまでに何度も修繕されてはいたが、空調の類が殆ど機能しなくなっていた。  I県警境島警察署、戌亥(イヌイ)交番所長の林 浩二警部補は、古い事務机に腰かけ、扇子で顔を仰ぎながら勤務日誌をつけていた。 五十半ば、地域警察官三十年のベテランである。 「あっづいなぁ。夜なのに32℃とか干からびそうだ。……あ、所長、飯どうしますか?」  相勤者(あいきんしゃ)の西山巡査部長が汗でまみれた顔をタオルで拭う。林と西山の食事は大体が地元の店屋物だ。警察署独自のメニューがある店も多い。  気休めの扇風機が事務室の片隅で、耳障りな音を立てて首を左右に動かしていた。 「どうすっかな……俺、ダイエット中なんだよ。豆腐サラダと鮭握りと……いや、冷やし中華か……」  そう言いかけたとき、林はカタカタと扇風機が揺れているのに気づいた。 「あ、地震だ」  西山が扇風機と同じくぎしぎしと音を立てる天井を見上げた。 すぐにドン!と地面が突き上がるように揺れ、机の上の書類がばさばさと零れ落ちる。 「大きいぞ!これ!」  簿冊が入った戸棚を手で押さえながら、林が叫んだ。西山も別の棚を押さえ、揺れが収まるのを待った。  びしりと壁に亀裂が入り、ともすれば崩れ落ちてしまうのではないかという恐怖が二人を襲った。
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