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ねぇ
君は覚えている? 僕と君との出会いを。あの運命的な出会いの日を。
あの日、久しぶりの残業を終え終電に乗り込んだ。そんな僕は比較的ドアに近い場所で吊り革に掴まることが出来た。限りなく満員電車に近い車両たちは、さながらみっちりと中身の詰まったソーセージのようだとぼんやり思っていた。乗客は僕のように疲れた顔をした人か、酔って気分の良さそうな人かに大体分けられる。そんな風に大雑把に分けられた人たちは大きな社会の中の小さな歯車の一つでしかなく、家族という名のピースの一つにしか過ぎない。
駅に到着する度にソーセージの中身だった乗客たちは減っていく。だいぶ人が減ったな、と辺りを見回した時に君の存在に気付いた。黒い髪を後ろできっちりと結びアクセサリーは付けておらず、地味なスーツを身にまといカバンを膝の上に乗せて小さく座っている。身なりや座り方からも大人しい人なのだと想像できる。化粧っ気のないその顔は疲れきっており、なのにぱっちりとしたその大きな目に僕は映りたいと思った。
発車してから数個目の駅に着くと君は立ち上がった。僕の降りる駅でもある。この辺りは治安があまり良くないらしく、住むには不人気な場所なので人はほとんど降りない。君と出会い同じ駅で降り、改札を抜けてからも同じ方向に向かうことに運命を感じたんだ。
今まで君を見かけたことがないということは、たまたまこの時間に仕事が終わったのだろうか? それとも最近越して来たのだろうか? 街灯の少ない暗がりの中を歩く君が心配で、少し離れて後ろを追う。辺りはほとんど人気が無くなり暗さも増す。僕たち二人以外は歩いていない。この辺は防犯カメラもほとんどない場所だ。あぁ危ないよ、無防備だよと思う反面、君のあの目に映りたい欲求が湧き起こる。……運命だから仕方がないよね。
僕はそっとネクタイを外しながら歩く速度を上げる。君は僕の存在に気付くことなく真っ暗な公園に足を踏み入れた。僕は後ろからそっと近付き君を茂みの中に引き倒した。僕は馬乗りになり、声にならない声を上げようと開く口にハンカチを詰め込む。そして体勢を変えネクタイで君の手を後ろ手に縛った。辺りは暗いけど、ようやく君の目に映ることが出来た。
僕はそっと君の首を両手で締める。君は目を見開き僕だけを見つめる。苦しいのか目を閉じようとすると、優しい僕は力を緩める。そうすると君はまた僕を見てくれる。あぁやっぱり運命だよ。君は僕の歯車の一つとなり、僕を作るピースの一つとなり、僕の腸の中でソーセージになるべきなんだ。一つになろう……今までの運命的な出会いを果たした子たちのように。
僕の家はね、この公園脇の小さな一軒家なんだ。大丈夫、君も最後は僕の自宅に招くし、美味しく料理してあげるから。そんなことを考えながら細い首にかける力を増したり緩めたりする。うん、僕のことをたくさん見て。君の目に映る最後は僕であって欲しい。だけど君に集中し過ぎていた僕は突然横からの衝撃で吹っ飛ばされたんだ。邪魔が入った。
「動くな! 警察だ!」
僕はなぜか警察署に連行された。君はおとり捜査をしていたそうだね? 酷いな、僕を騙したの? 最近この辺で女性たちが失踪する事件が多発していたそうだね。僕はその犯人として逮捕されちゃったよ。僕の部屋の冷蔵庫や冷凍庫からはたくさんの食材が押収され、床下からは過去の運命の子たちの骨を見つけたようだ。僕は取り調べで懇切丁寧に運命の女性と一つになりたかったと説明したけど、最後まで理解されることはなかったよ。
あれから何年が経ったかな。今日は僕の死刑執行だそうだ。君と一つにはなれなかったけど、他の子たちが僕の血肉となっているから寂しくないよ。ただ悔やまれるのはアイマスクをされたことだ。僕は最後に君を見たい、せめて写真だけでもと言ったが僕の願いは叶えられることはなかった。最後に見たのが僕と同世代の男だなんて悲しいね。
僕はアイマスクをされたまま手と足を縛られ首に縄をかけられる。どうしてこんなことになってしまったのかな? 僕は君と一つになりたかっただけなのに。
こうして僕は社会の歯車から外れ、誰とも家族という名のピースになれず、そして誰の血肉になることも出来ずにこの世から去った。
ねぇ君は覚えていてね。死ぬ瞬間まで僕のことを。
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