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 東野の言う通り櫂自身も、自分が三國商船に入社出来たのは実力以外の何かが働いたとしか思えなかった。それが顔だと言われるとあまりに虚しいが、そう言われるのも仕方ない気がしてくる。  櫂は世の中の就活生が本格的に就活を始める3年の夏に、2ヶ月間もマレーシアで住み込みのアルバイトをしていた。内容は、絶海のリゾートホテルでのダイビングスタッフ。来る日も来る日も、高級ホテルに来る新婚旅行の夫婦やらセレブなファミリーやらを相手に、ダイビングの海中ガイドで夢を提供していたのだ。1本13kgもあるタンクを数本、右から左へと運ぶ日々が細すぎない体幹を作ったと言っても良い。  しかし日本に戻れば、まるで浦島太郎がごとく世界は変わっていた。遊んでいた友人は皆黒く髪を染め、"ロジカルシンキング"だの、"マーケティングの4S"だの、慣れない言葉を口の上で転がしながらスケジュールをびっしり埋めている。  はて就活の解禁はもっと先では、と言えば、『いつの時代の話してんだよ!イケてる企業ほど優秀な学生を青田買いすんの。4年生の4月1日なんて、始まりじゃなく終わりの合図だぜ?』と返される。  のんびり構えていた櫂もさすがに悠長にはなりきれず、そこからはがむしゃらに就職活動に没頭し、気付けば、海運業界最大手の三國商船の内定を手にしていた。  成績が良い方では無い。あえて言うなら英語は住み込みのせいでかなり流暢だった。とはいえ海運会社に入れるほど押しが強いわけでも、意識が高いわけでもない。自然と、周囲はその理由を"櫂の顔面が良いせい"と結論付けた。結局、顔採用かよ?と。  それは、てっきり就活では失敗するだろうとたかをくくっていた友人らがさらに櫂を妬ましく思うきっかけになり、それからの櫂は遊ぶ友人を選んで卒業に向けて真面目に過ごすしか無かった。  ……それだけじゃない。  がむしゃらにならざるを得なかったのには、もうひとつ理由がある。  それはまさにそのホテルの住み込み期間における、ひと夏の恋と別れ、である。  櫂はそれ以来ずっと燻り続けている。  海に潜ることもなく、別れを失恋と認めることも出来ず、ずっと。  頑張って良い会社に入り、社会人として一人前になれば、せめて再会した時に強がることが出来るだろうか。まともに目を見られるだろうか。少しは子供扱いを止めて、対等に見てくれるだろうか。  そんなことだけを思いながら櫂はこの2年弱を過ごした。何しろ相手は、8歳も年上の男性客だったから。    ……あの人は今も、恋人と幸せに暮らしているんだろうか。それとも……  下手したらもう何千回も虚無に問いかけたお題は、宙ぶらりんのまま残っている。『鮫島 冬慈 080-xxxx…』と書かれた唯一の繋がりであるメモ書きは、常に財布に入っている。  夜の海でも異様な存在感を放つ、鮫そのもののような男。喰らいつかれるような激しいセックスは櫂の身体の記憶に深く残っていて、鮫島という名前を思い出せば未だに身体が疼く。  それでも櫂は、鮫島から渡されたその番号に電話をかけることが出来ない。  もう二度と、その勇気は起こりそうになかった。
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