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もしも本当に兄に会ってしまったら。
覚悟は出来ている。
責められ、罵られ、怒鳴られても仕方がない。
僕はそれを黙って受けるつもりでいる。
でも、出来れば会いたくない。
僕の中にはまだ、兄への思いが残っているから。
それは燃えかすなどではない。今現在も、僕の心で激しく燃えている。
あの時、これを最後に思いを断ち切るつもりで凶行に及んだのに、僕の思いは消えなかった。
どんなに忘れようとしても、どんなに誤魔化そうとしてもダメだった。
思いが叶い、日に日に大きくなるお腹を愛おしく抱きしめて、生まれてきた子に僕の心の全てを捧げようと誓ったのに、瑛翔の奥に潜む兄の面影が、僕にそれを許さなかった。
これだけのことをしたのだ。
もとより、これからも誰か別の人と番う事などしないつもりでいるが、そんなことを考える必要が無いほど僕の心は兄でいっぱいだった。
一度瑛翔に父親について聞かれたことがある。
おそらく託児所で誰かに聞いたのだろう。
その時僕は、いくら幼いからと言って嘘やごまかしなどしてはいけないと思った。だから正直に答えたのだ。
『瑛翔のお父さんは僕がこの世で一番好きな人だよ。僕は瑛翔のお父さんが今でもすごく好きだら、これからも瑛翔には新しいお父さんは出来ないの。ごめんね』
幼い瑛翔はどこまで僕の言葉を理解したのか分からない。だけど、その小さな手を伸ばしてぎゅっと抱きついて言ってくれた。
『ゆいくん大好き。ゆいくんいたらいいよ。お父さんいらない』
まだそれほど知らない言葉を使って精一杯言ってくれた瑛翔。僕はその時改めて誓った。この子は絶対に不幸になんてしない。僕が必ず幸せにしてみせる。どんなに辛く苦しいことが待っていたもしても、必ずこの子だけは守っみせる、と。
大丈夫。
この子のために、きっと僕は耐えてみせる。
僕がもう一度覚悟を決めたそのとき、後ろからぎゅっと瑛翔が抱きついてきた。
「ゆいくん大好き」
にこにこ笑って後ろから抱きつく瑛翔を、振り返って正面から抱っこした。
「僕も瑛翔大好き」
何も言わずにただ僕に抱きつく瑛翔を、僕もぎゅっと抱きしめてその柔らかい髪に頬を寄せた。
僕の不安に気づかれてしまった。
瑛翔は僕が不安になったりすると決まってぎゅっと抱きついてくる。
優しい瑛翔。
大好きだよ。
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