背徳のオメガ 2

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明日いよいよ出発という日の朝、僕と瑛翔は空っぽになった部屋にいた。 空っぽと言っても家具付きだったので、家具家電はそのままだけど、私物はもう何も無い。その部屋を前に、僕は頭を下げた。 「今までお世話になりました」 すると瑛翔も真似をする。 「なりました」 ここは今の会社に就職が決まってから住み始めた部屋で、まだ二年も住んでいない。 だけど瑛翔の成長のスピードが早い時期だったせいか、なんだかとても感慨深い。初めて言葉をしゃべったのもこの部屋だった。 喃語はあうあう言ってたけど、初めて『ゆい』と言ってくれた時は聞き間違いかと思った。もっとも、はっきり『ゆい』ではなく、『い』はかなり怪しいものだったけど、その言葉を聞いて涙が出たのを覚えている。 それからどんどん言葉が出るようになって、だけどそれが英語ばかりだと気づいた時に、初めてまずいと思った。よく、英語ができないハーフのタレントさんとかいるけど、まさにそれになってしまう。だから家では英語禁止にしたのだけど、瑛翔にとったら日本語どころか言葉そのものを知らないので、瑛翔が英語で言ったのを僕が日本語にして復唱させる、というのを何度も繰り返して、どうにか日本語でも会話できるようになった。 今でも時々日本語がわからなくて難しい顔をして黙ってしまうことがあるけど、そういう時は英語で言わせて直してやる。 でもこれからは日本語の世界に行くんだから、逆に英語を忘れちゃうかな・・・。 今度は家で日本語禁止にするか・・・。 などと考えてたらスマホが鳴った。 秘書課の同僚だ。 『ハロー、ユイ。明日出発で忙しいところごめんね。実は君の新しいボスから連絡が来て、至急電話が欲しいそうなんだ。だから今から言う番号にかけて欲しいんだ』 僕は同僚に言われるまま番号をメモり、別れを告げて電話を切った。 新しいボスと言うと、確か名前をアダム・ジョンソンと言う、ロサンゼルス支社の元部長だ。支社の部長からいきなり日本の提携会社の社長に抜擢されたということは、かなりのやり手だと思うけど、そんな人がこんな出発間際になんの用だろう。今仕事の話をされても、僕には何も出来ないけど・・・。その時、瑛翔が僕の袖を引っ張った。 「行かないの?」 そうだ。 僕達は今、靴も履いて出発するところだったんだ。 「ごめん、一個電話していい?」 すると瑛翔はにこにこ笑った。
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